・・・何かのメモのつもりであろうが、僕自身にも書いた動機が、よくわからぬ。 窓外、庭ノ黒土ヲバサバサ這イズリマワッテイル醜キ秋ノ蝶ヲ見ル。並ハズレテ、タクマシキガ故ニ、死ナズ在リヌル。決シテ、ハカナキ態ニハ非ズ。と書かれてある。 これを書・・・ 太宰治 「ア、秋」
・・・生涯の記念として、いまなお、その折のメモを失くさず、『青い鞭』のペエジの間にはさんで蔵して在るのです。三銭切手十枚、三十銭。南京豆、十銭。チェリイ、十銭。みのり、十五銭。椿の切枝二本、十五銭。眼医者、八十銭。ゲエテとクライスト、プロレゴーメ・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・を読みながら、そのおりおり念頭に浮んで来た何冊かの本をノートしただけのこの短いメモを、本当に科学に通暁した人たちが見たらば、その貧弱さ、低さ、範囲の狭さを、どんなにおかしくまた憐れに思うことだろう。 私は全くへりくだった心持でいわば私た・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
・・・今や世界のトルストイが晩年に至って書きのこす日記の一冊、一枚のメモ、それは出版経営者としてのソフィヤ夫人が洩すところなく「私の出版」に収録しようと欲するところであり、而も、トルストイの親友と称する連中も亦「未発表」の何ものかを獲ようととびめ・・・ 宮本百合子 「ジャンの物語」
・・・閉廷したのであったが「法廷両側に貼られた『傍聴人心得』の必要をみとめないほど、この日の法廷は野次も旗も労働歌もない、ただ熱心にメモをとるばかりの傍聴席風景だった。」 被告たちが、いっせいに公訴の不当を訴えた根拠というのは、どういうものだ・・・ 宮本百合子 「それに偽りがないならば」
・・・そのような内輪のメモにもなり仲通りの何処かで何か陶器の気に入ったのが目につくと、その場所、見つけた日づけ、時にはその陶器のスケッチなどもこの手帳にされました。 一日のうちに、父は幾度、手帳を出しかけたことでしょう。実にまめに、何でもかき・・・ 宮本百合子 「父の手帳」
・・・という見出しで和田長官の名によって出されたメモのようなものを見せた。その内容をよくみれば、記者が勤労者家計白書だといったのは、一つのハッタリであることがわかった。和田長官は、大体次のようなことをその文章でいっている。二十二年度の勤労者家計が・・・ 宮本百合子 「ほうき一本」
出典:青空文庫