・・・ ――金石の湊、宮の腰の浜へ上って、北海の鮹と烏賊と蛤が、開帳まいりに、ここへ出て来たという、滑稽な昔話がある―― 人待石に憩んだ時、道中の慰みに、おのおの一芸を仕ろうと申合す。と、鮹が真前にちょろちょろと松の木の天辺へ這って、脚を・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・思切って、ぺろ兀の爺さんが、肥った若い妓にしなだれたのか、浅葱の襟をしめつけて、雪駄をちゃらつかせた若いものでないと、この口上は――しかも会費こそは安いが、いずれも一家をなし、一芸に、携わる連中に――面と向っては言いかねる、こんな時に持出す・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・その手紙には、一芸者があって、年は二十七――顔立ちは良くないし、三味線もうまくないが、踊りが得意――普通の婦人とは違って丈がずッと高く――目と口とが大きいので、仕込みさえすれば、女優として申し分のない女だ。かつ、その子供が一人ある、また妹が・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
一、堅く堅く志を立てること。およそ一芸に秀で一能に達するには、何事によらず容易なことではできない。それこそ薪に臥し胆を嘗めるほどの苦心がいるものと覚悟せねばならない。昔から名人の域に達した人が、どれほど苦しんだかとい・・・ 倉田百三 「芸術上の心得」
・・・仲間はかならず二十代の美青年たるべきこと。一芸に於いて秀抜の技倆を有すること。The Yellow Book の故智にならい、ビアズレイに匹敵する天才画家を見つけ、これにどんどん挿画をかかせる。国際文化振興会なぞをたよらずに異国へわれらの芸・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・文不明なるは教育のあまねからざるがためのみ、教育さえ行届けば文明富強は日を期していたすべし、との胸算にてありしが、さて今日にいたりて実際の模様を見るに、教育はなかなかよく行きとどきて字を知る者も多く、一芸一能に達したる専門の学者も少なからず・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾学生諸氏に告ぐ」
・・・ さむらいは扇をかざして月に向って、「それ一芸あるものはすがたみにくし」と何だか謡曲のような変なものを低くうなりながら向うへ歩いて行きました。 六平は十の千両ばこをよろよろしょって、もうお月さまが照ってるやら、路がどう曲ってどう・・・ 宮沢賢治 「とっこべとら子」
出典:青空文庫