・・・口々に雑談をするのを聞くと、お谷さんが、朝化粧の上に、七つ道具で今しがた、湯へ行こうと、門の小橋を跨ぎかけて、あッと言った、赤い鼠! と、あ、と声を内へ引いて遁込んで、けたたましい足音で、階子壇を駆上がると、あれえあれえと二階を飛廻って欄干・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・それからおきまりの七つ道具をわたします。平べったい金時計、その片方の先にナイフがついている、虫眼鏡の度のちがうのがいくつも重って出て来るようになっているもの。紙入、そして一冊の平凡な手帳。ハンカチーフ其他――。 この手帳こそ、父の生涯を・・・ 宮本百合子 「父の手帳」
・・・父が初めてイギリスへ行った時買って来たもので、七つ道具が附属した便利な品であった。「ああ、つかっていてよ」「――時計も持ってったかい?」 一寸声をおとすようにして、私にだけ聴えるように父はそれを云った。「時計って――」 ・・・ 宮本百合子 「わが父」
出典:青空文庫