・・・この権ちゃんが顕われると、外土間に出張った縁台に腰を掛けるのに――市が立つと土足で糶上るのだからと、お町が手巾でよく払いて、縁台に腰を掛けるのだから、じかに七輪の方がいい、そちこち、お八つ時分、薬鑵の湯も沸いていようと、遥な台所口からその権・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・まあ、七輪の上品なものと思って居れば間違いはなかろう。風炉と釜と床の間、これに対して歎息を発し、次は炭手前の拝見である。主人が炉に炭をつぐのを、いざり寄って拝見して、またも深い溜息をもらす。さすがは、と言って膝を打って感嘆する人も昔はあった・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・ばたばたと威勢よく七輪をあおぐ。「お皿を、三人、べつべつにしてくれ。」「へえ。もうひとかたは? あとで?」「三人いるじゃないか。」私は笑わずに言った。「へ?」「このひとと、僕とのあいだに、もうひとり、心配そうな顔をしたべ・・・ 太宰治 「メリイクリスマス」
・・・娘にならずに逝った幼児は大きく育って世に出た時用うべき七輪を「かまど」を「まな板」をその手に取るにふさわしいほどささやかな形にしてはてしもなく長い旅路に持って行く。 五つの髪の厚い乙女が青白い体に友禅の五彩まばゆい晴衣をまとうて眠る胸に・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
出典:青空文庫