・・・或る頁には日記のようなものが書いてあり、或る頁にはいろいろの絵が細かく万年筆で描いてある。時事漫画に久夫でも描きそうな野球試合鳥瞰図があると思うと、西洋の女がい、男がい、それぞれに文句が附いているのであった。「晴れて嬉しい新世帯」都々逸のよ・・・ 宮本百合子 「高台寺」
・・・と、睨むように私を眺め、万年筆をおいて煙草に火をつけた。「帰れるか、帰れないかがきまるところだから、よく考えて答えたまえ!」 夜七時頃で、当直が一人むこうの卓子で何か書いているきり、穢い静かな高等室の内である。 一切非合法活・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・いろいろ面白い。万年筆でひかれてある条の傍に更に点をうってゆくようなこともあります。そういうときは大変に又面白い。(もう眠ろうとしてメガネをはずしたのに、フトこの紙が目に入ったので一言お喋 二十九日の午後。 暑い日光が青葉青葉にさし・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 二十日ほど御幸ヶ浜の養生館に居ます。 書架が開いてますから留守へも行ってやって下さい、 女中が淋しがってましょうから。」 一枚の葉書に二人の名宛を書いた。 万年筆の少し震えた字を見なおそうともしないで、東京でこの葉書を・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
・・・そのなかには青赤エンピツだの小鋏、万年筆、帳綴じの類が入っている。アテナ・インクの瓶がそのまんま置いてあって、そこへペン先をもって行っては書いているのだが、そのペン軸を従妹がくれたのは、もう何年前のことだったろう。私が悄気て鎌倉にいた従妹の・・・ 宮本百合子 「机の上のもの」
・・・ 女は、送り出して藍子のコートを着せかけながら、「それにね、私んところにあのひとの大事な万年筆があずかってあるんですよ、そのこともどうぞ云っといて下さいね」と、真面目に云った。 藍子は、女のそういう下心が憎めないような、単純・・・ 宮本百合子 「帆」
・・・それも長いことかかってひどい万年筆で書いたと見え、桃色の、やはり四つ葉のクローヴァのついた書簡箋が、ところどころ皺になってさえいる。ジェルテルスキーの読む間、心配を面に表わして待っていたステパンは、愈々一字一字意味を説明されると、見るも気の・・・ 宮本百合子 「街」
・・・別に書斎というものを持たず、食堂の長テーブルの正面に座り、背あかりを受けつつ一冊十五銭ぐらいの帳面の上にかがみこんでは、父からある年の誕生日のおくりものとして貰った万年筆を毛糸の袋からとり出して動かしていた母の姿こそ私共に親愛な母の俤である・・・ 宮本百合子 「葭の影にそえて」
・・・小判の白い平凡な書簡箋に見馴れた父の万年筆の筆蹟で、ところどころ消したり、不規則に書体を変えたり、文句を訂正したりしながら二十行の詩が書かれているのであった。 六十九歳の父が最後のおくりもの、或は訴えとして娘の私にのこしたその詩の題は ・・・ 宮本百合子 「わが父」
出典:青空文庫