・・・僕は小えんの身になって見れば、上品でも冷淡な若槻よりも、下品でも猛烈な浪花節語りに、打ち込むのが自然だと考えるんだ。小えんは諸芸を仕込ませるのも、若槻に愛のない証拠だといった。僕はこの言葉の中にも、ヒステリイばかりを見ようとはしない。小えん・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・が、金歯を嵌めていたり、巻煙草をすぱすぱやる所は、一向道人らしくもない、下品な風采を具えていた。お蓮はこの老人の前に、彼女には去年行方知れずになった親戚のものが一人ある、その行方を占って頂きたいと云った。 すると老人は座敷の隅から、早速・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・「どうしたのですか?」 仏蘭西の将校は驚いたように、穂積中佐をふりかえった。「将軍が中止を命じたのです。」「なぜ?」「下品ですから、――将軍は下品な事は嫌いなのです。」 そう云う内にもう一度、舞台の拍子木が鳴り始めた・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・私はこの小娘の下品な顔だちを好まなかった。それから彼女の服装が不潔なのもやはり不快だった。最後にその二等と三等との区別さえも弁えない愚鈍な心が腹立たしかった。だから巻煙草に火をつけた私は、一つにはこの小娘の存在を忘れたいと云う心もちもあって・・・ 芥川竜之介 「蜜柑」
・・・で余りに理想が高過ぎるにも依るであろうけれど、今日上流社会の最も通弊とする所は、才智の欠乏にあらず学問の欠乏にあらず、人にも家にも品位というものが乏しく、金の力を以て何人にも買い得らるる最も浅薄に最も下品なる娯楽に満足しつつあるにあるのであ・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・その気になれるなら、吉弥を女優にしたらどうだということを勧め、役者なるものは――とても、言ったからとて、分るまいとは思ったが、――世間の考えているような、またこれまでの役者みずからが考えているような、下品な職業ではないことを簡単に説明してや・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・下手糞です。下品な字しか書けません」 しかし、女は気にもとめず、「私、お花も好きですのん。お習字もよろしいですけど、お花も気持が浄められてよろしいですわ。――私あんな教養のない人と一緒になって、ほんまに不幸な女でしょう? そやから、・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・同時に大阪の言葉がどぎつく、ねちこく、柄が悪く、下品だということも、周知の事実である。 たしかに京都の言葉は美しい。京都は冬は底冷えし、夏は堪えられぬくらい暑くおまけに人間が薄情で、けちで、歯がゆいくらい引っ込み思案で、陰険で、頑固で結・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・私の親戚のあわて者は、私の作品がどの新聞、雑誌を見ても、げす、悪達者、下品、職人根性、町人魂、俗悪、エロ、発疹チブス、害毒、人間冒涜、軽佻浮薄などという忌まわしい言葉で罵倒されているのを見て、こんなに悪評を蒙っているのでは、とても原稿かせぎ・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・の方が、いくらか下品にしろ、妙味があった。話の序でだから、この一部をそこへ挿むことにしよう。 ――もともと出鱈目と駄法螺をもって、信条としている彼の言ゆえ、信ずるに足りないが、その言うところによれば、彼の祖父は代々鎗一筋の家柄で、備前岡・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
出典:青空文庫