・・・みんな、ごまかしだ。不正直だ。卑屈だ。嘘つきだ。好色だ。弱虫だ。神の審判の台に立つ迄も無く、私は、つねに、しどろもどろだ。告白する。私は、やっぱり袴をはきたかったのである。大演説なぞと、いきり立ち、天地もゆらぐ程の空想に、ひとりで胸を轟かせ・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・ 私は、妹の不正直をしんから憎く思いました。「読んでいいの?」そう小声で尋ねて、妹から手紙を受け取る私の指先は、当惑するほど震えていました。ひらいて読むまでもなく、私は、この手紙の文句を知っております。けれども私は、何くわぬ顔してそ・・・ 太宰治 「葉桜と魔笛」
・・・感激的教育概念に囚れたる薫化がこういう不正直な痩我慢的な人間を作り出したのである。 さて一方文学を攷察して見まするにこれを大別してローマンチシズム、ナチュラリズムの二種類とすることが出来る、前者は適当の訳字がないために私が作って浪漫主義・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
・・・だから現今ぴんぴん生息している人間は皆不正直もので、律義な連中はとくの昔に、汽車に引かれたり、川へ落ちたり、巡査につかまったりして、ことごとく死んでしまったと御承知になれば大した間違はありません。 すでに空間ができ、時間ができれば意識を・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ ただもしよくよくこの二人をくらべて見たら土神の方は正直で狐は少し不正直だったかも知れません。 夏のはじめのある晩でした。樺には新らしい柔らかな葉がいっぱいについていいかおりがそこら中いっぱい、空にはもう天の川がし・・・ 宮沢賢治 「土神ときつね」
・・・人間としての不正直さのためか、意識した悪よりも悪い弱さのためか、彼はそういういくつかの人生の発展的モメントを、自分の生涯と文学の道からはずしてしまったのであった。 戦争のある段階まで、いわゆる作家的成長欲やその本質を自問しないで、ただ経・・・ 宮本百合子 「歌声よ、おこれ」
・・・「あんたは不正直だ。こんな客にははじめて出喰した!」 日本女の返答は一つだ。 ――私は正しい価を云ったんだし、正しい約束して乗ったんだから負けない。私はお前のソヴェト権力と一緒に正しいところはどこまでも突っ張るよ。 プーシュキン・・・ 宮本百合子 「モスクワの辻馬車」
・・・ しからば何によって創作の真偽、貴賤、正直、不正直を分かつか。生きる事が自己を表現することであり、その表現が創作であるならば、いかなる創作も虚偽であり卑賤であるとは言えないはずではないか。 それはただ表現を迫る生命とその表現方法との・・・ 和辻哲郎 「創作の心理について」
出典:青空文庫