・・・勿論この事実が不道徳なものだなどと云う事も、人間性に明な彼にとって、夢想さえ出来ない所である。従って、彼の放埓のすべてを、彼の忠義を尽す手段として激賞されるのは、不快であると共に、うしろめたい。 こう考えている内蔵助が、その所謂佯狂苦肉・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・少くとも生涯同一の歎を繰り返すことに倦まないのは滑稽であると共に不道徳である。実際又偉大なる厭世主義者は渋面ばかり作ってはいない。不治の病を負ったレオパルディさえ、時には蒼ざめた薔薇の花に寂しい頬笑みを浮べている。…… 追記 不道徳とは・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・のみならず僕の作品の不道徳であることを公言していた。僕はいつも冷やかにこう云う彼を見おろしたまま、一度も打ちとけて話したことはなかった。しかし姉と話しているうちにだんだん彼も僕のように地獄に堕ちていたことを悟り出した。彼は現に寝台車の中に幽・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・それは、Kの友人達が、小田のような人間を補助するということはKの不道徳だと云って、Kを非難し始めたのであった。「小田のようなのは、つまり悪疾患者見たいなもので、それもある篤志な医師などに取っては多少の興味ある活物であるかも知れないが、吾々健・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・ 花袋は、独歩の如く、将校はいゝんだが、下士以下は不道徳で、女を堕落させるというような見方はしていない。兵卒を一個の生物的な人間として見た。そして、一個の死に直面した人間が、大きな戦争の動きのなかに病気に苦しみながら死んで行く。そこに、・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・彼にとって、そんな冒険はできない、というより、そんな「不道徳なこと」はできない、といった方がより当っている。そうだった。そしてその二つが同じように進んでいたとき、龍介は気軽に女と会えた。恵子はかえって彼に露骨な好意を見せた。女から手紙が時々・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・場合によっては芸術を愛する事が科学者としての堕落であり、また恥辱であるように考えている人もあり、あるいは文芸という言葉からすぐに不道徳を連想する潔癖家さえまれにはあるように思われる。 科学者の天地と芸術家の世界とはそれほど相いれぬもので・・・ 寺田寅彦 「科学者と芸術家」
・・・前説明した言葉を用いて評すれば、そういう作物にはどこか不道徳の分子がある、すなわちどこか非芸術のところがある、すなわちどこか偽りを書いているのだという事に帰着するのです。ありのままの本当をありのままに書く正直という美徳があればそれが自然と芸・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・それは能く申しますると、如何に傍から見て気狂じみた不道徳な事を書いても、不道徳な風儀を犯しても、その経過を何にも隠さずに衒わずに腹の中をすっかりそのままに描き得たならば、その人はその人の罪が十分に消えるだけの立派な証明を書き得たものだと思っ・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・ 産児制限を、不道徳であると婦人科の女医師である吉岡彌生女史が数年前言明したことは、一般の人々を呆然とさせた。科学に従事する者の間にさえそういう迷蒙の残っている現代の理性の水準である。男の医者その他の人々の中に、優生学の見地にたっての断・・・ 宮本百合子 「花のたより」
出典:青空文庫