・・・ 近ごろ中井博士の「東亜植物」を見ていろいろ興味を感じたことの中でも特におもしろいと思ったことは、日本各地の植物界に、東亜の北から南へかけてのいろいろな国土の植物がさまざまに入り込み入り乱れている状況である、これも日本という国の特殊な地・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・ 明治年間池塘に居を卜した名士にして、わたくしの伝聞する所の者を挙ぐれば既に述べた福地桜痴小野湖山の他には篆刻家中井敬所と箕作秋坪との二人があるのみである。 わたくしは甚散漫ながら以上の如く明治年間の上野公園について見聞する所を述べ・・・ 永井荷風 「上野」
・・・家の前方平坦なる園の中央は、枯れた梅樹の伐除かれた後朽廃した四阿の残っている外には何物もない。中井碩翁が邸址から移し来ったという石の井筒も打棄てられたまま、其来歴を示した札の文字も雨に汚れて読難くなっている。それより池のほとりに至るまで広袤・・・ 永井荷風 「百花園」
・・・ その一九三四年の十二月に、わたしは淀橋区上落合の、中井駅から近い崖の上の家に移った。たった一人そこに住んでいた作者の生活は、近所の壺井繁治同栄、窪川稲子、一田アキなどの友情で扶けられた。生活感情の全くちがう父の家の雰囲気では、そのころ・・・ 宮本百合子 「解説(『風知草』)」
・・・ 机はやっぱり昔ながらのテーブルで上には馬のついた紙おさえや、ガラスのペン皿やをおいてこれを書きはじめているのですが、あなたは、上落合のこの辺を御存知かしら。 中井駅という下落合の駅の次でおりて、小学校のつき当りの坂をのぼったすぐの・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫