・・・の製造発売を思い立ち、どう工面して持って来たのか、なけなしの金をはたいて、河原町に九尺二間の小さな店を借り入れ、朝鮮の医者が書いた処方箋をたよりに、垢だらけの手で、そら豆のような莫迦に大きな、不恰好な丸薬を揉みだした。 そして、肺病とは・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・橙紅色の丸薬のような実の落ち散ったのを拾って噛み砕くと堅い核の中に白い仁があってそれが特殊な甘味をもっているのであった。この榎樹から東の方に並んで数本の大きな椋の樹があった。椋の実はちょっと干葡萄のような色と味をもっている。これが馬糞などと・・・ 寺田寅彦 「郷土的味覚」
・・・近来電気の応用が盛んになるにつれて色々の事に炭を使う、白熱電灯の細い線も炭、アーク灯の中の光る棒も炭である、電話機の受話口の中の最も要用なものは炭でこしらえた丸薬のようなものである。 白炭 小枝に石灰を塗って焼いた・・・ 寺田寅彦 「歳時記新註」
・・・おまえはまだ、骨まで六神丸になっていないから、丸薬さえのめばもとへ戻る。おまえのすぐ横に、その黒い丸薬の瓶がある。」「そうか。そいつはいい、それではすぐ呑もう。しかし、おまえさんたちはのんでもだめか。」「だめだ。けれどもおまえが呑ん・・・ 宮沢賢治 「山男の四月」
・・・と書いて友達に、家へは、キニイネの丸薬とその処方を送って呉れる様に云ってやる。私はすっかり冬籠りの仕度をするためにその他、毛足袋だの何だのも云ってやった。女中は炬燵の中で、松の枝に下った「つらら」に砂糖をつけてカリリ、カリリとたべて・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫