・・・その内に祖母は病気の孫がすやすや眠り出したのを見て、自分も連夜の看病疲れをしばらく休める心算だったのでしょう。病間の隣へ床をとらせて、珍らしくそこへ横になりました。 その時お栄は御弾きをしながら、祖母の枕もとに坐っていましたが、隠居は精・・・ 芥川竜之介 「黒衣聖母」
・・・僕はペンを休める度にぼんやりとこの雪を眺めたりした。雪は莟を持った沈丁花の下に都会の煤煙によごれていた。それは何か僕の心に傷ましさを与える眺めだった。僕は巻煙草をふかしながら、いつかペンを動かさずにいろいろのことを考えていた。妻のことを、子・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・こえ山こえようやく一つの古い町にたどり着いて、さてどこを一夜のやどりとしたものかと考えましたが思わしい所もありませんので、日はくれるししかたがないから夕日を受けて金色に光った高い王子の立像の肩先に羽を休める事にしました。 王子の像は石だ・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・何でも気を休めるが一番だよ、今夜は附いているから安心をおし。」「はい。」 と言ってお雪は深く頷きましたが、静に枕を向へ返して、しばらくはものも言わないでおりましたが、また密と小宮山の方へ向き直り、「あのう、壁の方を向いております・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・はたして兄がしきりと呼んだけれど、はま公がうまくやってくれたからなお二十分間ほど骨を休めることができた。 朝露しとしとと滴るる桑畑の茂り、次ぎな菜畑、大根畑、新たに青み加わるさやさやしさ、一列に黄ばんだ稲の広やかな田畝や、少し色づいた遠・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・私が長い旅に疲れて、暮れ方、翼を休めるため、海の上に止まる船のほばしらを探していましたとき、ちょうどその赤い船が、波を上げて太平洋を航海していましたから、さっそく、その船のほばしらに止まりました。ほんとうにその晩はいいお月夜で、青い波の上が・・・ 小川未明 「赤い船」
・・・そうした村のなかでは、溪間からは高く一日日の当るこの平地の眺めほど心を休めるものはなかった。私にとってはその終日日に倦いた眺めが悲しいまでノスタルジックだった。Lotus-eater の住んでいるといういつも午後ばかりの国――それが私には想・・・ 梶井基次郎 「蒼穹」
・・・]心を休める余裕や安らかな望みのない私の村の風景がいつか私の身についてしまっていることを私は知った。そして三日の後私はまた私の心を封じるために私の村へ帰って来たのである。 3 私は何日も悪くなった身体を寝床につけてい・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・と紳士は一寸手を休める。「何に関いません、急用という程の事じゃアないんです。」と若主人は直ぐ盤を見つめて、石を下しつつ、「今の妹の姉にお正というのがいたのを御存じでしょう。」「そうでした、覚えています。可愛らしい佳い娘さんでした・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・もう十五分すれば、二人は衛兵所へ帰って休めるのだった。 夕日が、あかあかと彼方の地平線に落ちようとしていた。牛や馬の群が、背に夕日をあびて、草原をのろのろ歩いていた。十月半ばのことだ。 坂本は、「腹がへったなあ。」と云ってあくび・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
出典:青空文庫