・・・と云ってその手をふりはらいましたが、実は、はじめから歌いたくて来たのですから、ことに楽隊の人たちが歌うなら伴奏しようというように身構えしたので、ミーロは顔いろがすっかり薔薇いろになってしまって眼もひかり息もせわしくなってしまいました。 ・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・ 何とかして通やせぬストトン、ストトン、機械がドッタン、ガチャ、ドッタンバタと伴奏する――私は机の前に坐り、その小工場の内部の有様や、唄っている女工の心持を考えたり、稀には「二十六人と一人」を思い出したりする。けれども、いつもは騒々しい・・・ 宮本百合子 「この夏」
・・・っていう優秀映画館で公開された時は素敵だった。伴奏は特別作曲された音楽だったし。 帝国主義と植民地とがどういう関係におかれているかということの真実が堂々としたプドフキンの芸術的手腕で把握されていた。 ところがね、面白いことには、・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・この空襲と宮本の網走行の異常な伴奏として五月二日のベルリン陥落、つづいてドイツ無条件降伏が伝えられた。日本のどんなに多くの人間がその頃胸をとどろかせて朝々の新聞を拡げたろう。新聞には地図入りでベルリンに迫るソ連軍と連合軍の進路が示された・・・ 宮本百合子 「年譜」
・・・わたしが歌って、コジンスキイが伴奏をするだけだわ」「それだけではあるまい」「そりゃあ、二人きりで旅をするのですもの。まるっきりなしというわけにはいきませんわ」「知れたことさ。そこで東京へも連れて来ているのかい」「ええ。一しょ・・・ 森鴎外 「普請中」
・・・この伴奏は、幸にして無頓著な聴官を有している私の耳をさえ、緩急を誤ったリズムと猛烈な雑音とで責めさいなむのである。 私は幾度か席を逃れようとした。しかし先輩に対する敬意を忘れてはならぬと思うので、私は死を決して堅坐していた。今でも私はそ・・・ 森鴎外 「余興」
・・・貧、富、男、女、層々とした世紀の頁の上で、その前奏に於て号々し、その急速に於て驀激し、その伴奏に於てなお且つ奔闘し続ける、黙示の四騎士はこれである。もしも黙示の彼らが、かかる現前の諸相であると仮定したなら、彼らの中の勝者はいずれであるか。曾・・・ 横光利一 「黙示のページ」
・・・そうして、この簡素な太い力の間を縫う細やかな曲線と色との豊富微妙な伴奏は、荘厳に圧せられた人の心に優しいしめやかな手を触れる。―― もとより我々の祖先は、右のごとき感じかたをしたわけではあるまい。しかし彼らはとにかくその漠然たる無意識の・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
・・・我々の眼や我々の意欲は、このオーケストラを伴奏としてさらに燃え、さらに躍動しようとする。そうしてこの心は自らを表現しないではやまない。たとえ我々の生命の沸騰が力弱く憐れなものであるにしても、我々はなお投与すべき力の横溢を感ずる。我々は不断に・・・ 和辻哲郎 「創作の心理について」
・・・松風の音はそういう存在の伴奏なのである。 わたくしの子供の時分には、こういう住持や地主が農村の知識階級を代表していた。その後半世紀を経たのであるから、そういう人たちはもう一人も残っていないであろう。たといそういう種族のうちで生き残ってい・・・ 和辻哲郎 「松風の音」
出典:青空文庫