・・・「しかし、女でも何でも働くところですネ」と子安は別れ際に高瀬に言った。 高瀬も佇立って、「畢竟、よく働くから、それでこう女の気象が勇健いんでしょう」「そうです。働くことはよく働きますナ……それに非常な質素なところだ……ですけれど・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・彼処から奥州の方へ旅をして、帰って来て、『松島に於て芭蕉翁を読む』という文章を発表したが、その旅から帰る頃から、自分でも身体に異状の起って来た事を知ったと見えて、「何でも一つ身体を丈夫にしなくちゃならない」というので、国府津の前川村の方へ引・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・もう記憶も薄れている程なのですが、おひとりは、何でも、帝大の法科を出たばかりの、お坊ちゃんで外交官志望とやら聞きました。お写真も拝見しました。楽天家らしい晴やかな顔をしていました。これは、池袋の大姉さんの御推薦でした。もうひとりのお方は、父・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・あたしは何でも知っている。みんな知っている。そんな事をおっしゃっても、あなたたちは、本当はお金がほしいんです。気取らなくたっていいわよ。あなたも、それからあなたの奥さんも、それからお母さんも、みんなお金がほしいのよ。ほしくてほしくて仕様が無・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・ 食堂や写真部はもちろん、理髪店、ツーリスト・ビュロー、何でもある。近頃郵便局の出来たところもある。職業紹介所と結婚媒介所はいまだないようであるが、そのうちに出来てもよさそうなものである。今でも見合いのランデヴーには毎日のように利用され・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・第二義から第一義に行って霊も肉も無い……文学が高尚でも何でも無くなる境涯に入れば偖てどうなるかと云うに、それは私だけにゃ大概の見当は付いているようにも思われるが、ま、ま、殆ど想像が出来んと云って可いな。――ただ何だか遠方の地平線に薄ぼんやり・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
・・・「オーケストラでもお酒でも何でもあるって。ぼくお酒なんか呑みたくはないけれど、みんなを連れて行きたいんだよ。」「そうだって云ったねえ、わたしも小さいとき、そんなこと聞いたよ。」「それに第一にね、そこへ行くと誰でも上手に歌えるよう・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・ 政子さんは、何でも芳子さんと同じにして大きくなりました。同い年で小学校を卒業し、同い年で同じ学校に入り、両人は真個の仲よしで行く筈なのでした。 芳子さんは、政子さんが、自分よりは可哀そうな身の上であるのをよく知っていましたから、い・・・ 宮本百合子 「いとこ同志」
・・・「何でもありぁあしないじゃないの。三人で暮す。それっきりのことさ。」「――でも、あなた自分の歯楊子をひとに貸す?」 メーラはインガの質問をはぐらかした。「ああ、私丁度歯楊子をなくしたところだった。どうもありがとう。思い出さし・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・ 何でも秋であった。 私は少しほか人の居ない静かな放課後の校庭の隅に有る丸太落しの上に腰をかけて膝の上に両手を立ててその上に頬をのせて、黄色になって落ちた藤の葉や桜の葉を見つめて居た。 その時私は菊の大模様のついた渋い好いメリン・・・ 宮本百合子 「M子」
出典:青空文庫