・・・第一、馬車は何時に出るか聞いて貰いたい」「馬車でどこへ行く気だい」「どこって熊本さ」「帰るのかい」「帰らなくってどうする。こんな所に馬車馬と同居していちゃ命が持たない。ゆうべ、あの枕元でぽんぽん羽目を蹴られたには実に弱ったぜ・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・その日もやはり何時も通りに、ふだんの散歩区域を歩いていた。私の通る道筋は、いつも同じように決まっていた。だがその日に限って、ふと知らない横丁を通り抜けた。そしてすっかり道をまちがえ、方角を解らなくしてしまった。元来私は、磁石の方角を直覚する・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・若子を何時までも友達にして下さってね、私の母の処へも時々遊びに行って下さい。よいですか。』 私は唯胸が痛くなるばかりで、御返辞さえ出来ないのでした。『兄さん、』と、若子さんは御呼掛でしたが、辛ッと私に聞こえる位の声で、『あのう、阿母・・・ 広津柳浪 「昇降場」
・・・つまる処、子供とて何時までも子供にあらず、直に一人前の男女となり、世の中の一部分を働くべき人間となるべきものなれば、事の大小軽重を問わず、人間必要の習慣を成すに益あるか妨げあるかを考え合わせて、然る後に手を下すべきのみ。然らずんば、人間の腹・・・ 福沢諭吉 「家庭習慣の教えを論ず」
・・・それからもう何時だかもわからず弾いているかもわからずごうごうやっていますと誰か屋根裏をこっこっと叩くものがあります。「猫、まだこりないのか。」 ゴーシュが叫びますといきなり天井の穴からぽろんと音がして一疋の灰いろの鳥が降りて来ました・・・ 宮沢賢治 「セロ弾きのゴーシュ」
・・・死亡承諾書、私儀永々御恩顧の次第に有之候儘、御都合により、何時にても死亡仕るべく候年月日フランドン畜舎内、ヨークシャイヤ、フランドン農学校長殿 とこれだけのことだがね、」校長はもう云い出したので、一瀉千里にまくしかけた。「つまりお前はど・・・ 宮沢賢治 「フランドン農学校の豚」
・・・モスクワでは、時々夜おそくなるまで何かしていてふと思い出し、 ――今日本何時頃だろ。 ――今――二時だね、じゃ九時だ朝の。もう学校がはじまってる―― そんなことを話し合った。 だがこのウラジヴォストク直通列車は、二十何時間か・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・ こう云う自分の心持の変化は、今まで矢張り何かで被われていた女性全般に対する心の持方を何時とは無く変えさせて来た。 現在では女性の――生活の様式がどうしても単調で変化に乏しいと云う点、自分が女性としての性的生活を完全に営んでいなかっ・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・橋谷はついて来ていた家隷に、外へ出て何時か聞いて来いと言った。家隷は帰って、「しまいの四つだけは聞きましたが、総体の桴数はわかりません」と言った。橋谷をはじめとして、一座の者が微笑んだ。橋谷は「最期によう笑わせてくれた」と言って、家隷に羽織・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・けれどもその大きな顔は、だんだん吉の方へ近よって来るのは来るが、さて吉をどうしようともせず、何時までたってもただにやりにやりと笑っていた。何を笑っているのか吉にも分からなかった。がとにかく彼を馬鹿にしたような笑顔であった。 翌朝、蒲団の・・・ 横光利一 「笑われた子」
出典:青空文庫