・・・この玄関払の使命を完うしたのがペンである。自分は嘘をつくのは嫌だ。神さまにすまない。しかし主命もだしがたしでやむをえず嘘をついた。まずたいていここら当りだろうと遠くの火事を見るように見当をつけてようやく自分の部屋へ引き下った。我輩のトランク・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・各国家が何処までも他を従えることによって、自己自身を強大にすることが歴史的使命と考えた。そこには未だ国家の世界史的使命の自覚というものに至らなかった。国家に世界史的使命の自覚なく、単なる帝国主義の立場に立つかぎり、又逆にその半面に、階級闘争・・・ 西田幾多郎 「世界新秩序の原理」
・・・ アジア婦人会議に出席する日本の代表たちは、他の諸国の代表の誰よりも、まじめで重大な使命を負っています。なぜならば、機会ある毎にアジア民族の解放を妨げることしかしてこなかった日本の帝国主義は、こんにちでも決してその根拠と、協力する勢力を・・・ 宮本百合子 「新しいアジアのために」
・・・プロレタリアートが、歴史の推進力となる階級であることは主張されていたが、進歩的な小市民・インテリゲンツィアが革命の道ゆきにどのような位置と使命とをもっているかということについて、まだ科学的な判断が生活と文学との具体的なありかたではっきりさせ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第六巻)」
・・・若し、子を産む事のみが結婚の全的使命であり、価値であるならば、或場合、非常に相互の魂を啓発し、よき生活に導き合った一対の夫婦が、一人の子をも持たなかった場合、其等の人々の経た結婚生活の価値は如何う定められるべきなのだろう。 彼等の運・・・ 宮本百合子 「黄銅時代の為」
・・・進行中の長篇は起伏を通じて労働者階級の歴史的使命の展望にたって書かれている。どんなに見かけのいい形容詞に飾られようと、小市民作家として完成するために私は党の列伍に加ったのではない。 投書に答えたことばじりをとらえて、私が文化反動との闘争・・・ 宮本百合子 「河上氏に答える」
・・・すべての動作がいかにもかいがいしい。使命を含んで来たご新造は、これならば弟のよめにしても早速役に立つだろうと思って、微笑を禁じ得なかった。下駄を脱ぎすてて台所にあがったお豊さんは、壁に吊ってある竿の手拭いで手をふいている。そのそばへご新造が・・・ 森鴎外 「安井夫人」
・・・いやそれより若しも生活の感覚化がより真実なる新時代への一致として赦され強要せられなければならないものとしたならば、少くとも文学活動にその使命を感ずる者はより寧ろ生活の感覚化を拒否し否定しなければならないではないか。何ぜなら、もしも然るがよう・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・だが、ナポレオンはヨーロッパの平和克復の使命を楯にとって応じなかった。デクレスは最後に席を蹴って立ち上ると、慰撫する傍のネー将軍に向って云った。「陛下は気が狂った。陛下は全フランスを殺すであろう。万事終った。ネー将軍よ、さらばである」・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・今や明日の文学は、その終局の統率的使命を以て、健康に剛健に、朗々として政治を併呑しなければならない。黙示の頁を剥奪すべき勇敢なる人々は、大いなる突喊の声を持たねばならぬ。 横光利一 「黙示のページ」
出典:青空文庫