・・・次第に向側にある、停車場の出口の方へ行く扉が見えて来る。それから、背中にでこぼこのある獣のようなものが見えて来る。それは旅人が荷物を一ぱい載せて置いた卓である。最後にフィンクの目に映じて来たのは壁に沿うて据えてある長椅子である。そこでその手・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・人の羨むにも似ず、何故か始終浮立ぬようにおくらし成るのに不審を打ものさえ多く、それのみか、御寵愛を重ねられる殿にさえろくろく笑顔をお作りなさるのを見上た人もないとか、鬱陶しそうにおもてなしなさるは、お側のチンも子爵様も変った事はないとお附の・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・私もまさかこのジメジメした気分を側の者に振りかけなければいられないほど弱くはありません。しかし人の前でそれを少しも顔に出さないでいられるほど強くもありません。私は暗い沈んだ顔をして黙り込んでいます。そうしてこの表情のために愛するものたちを不・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫