・・・差万別・無量無限の個々の形体に至っては、常住なものは決してない、彼等既に始めが有る、必ず終りが無ければならぬ、形成されし者、必ず破壊されねばならぬ、生長する者、必ず衰亡せねばならぬ、厳密に言えば、万物総て生れ出たる刹那より、既に死につつある・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・その階級が有てる凡てのものの滅びて行ったことである。その士族の子孫の中から北村君のような物を考える人が生れて来たということは私には偶然では無いように思われる。猶、新時代の先駆者たりし北村君に就いては、話したいと思うことは多くあるが、ここには・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・ 誰一人として解って呉れませんでしたが、スバーの眼は、総てのことを彼等に語っていました。彼女はあらゆる人々を見廻しました。通じる話は何処にもありません。彼女は、唖の娘の言葉が分って呉れた人々の子供の時から見馴れた顔をどんなに懐しく慕わし・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・「それが反対になって、わたくしが勝ってしまいました時、わたくしは唯名誉を救っただけで、恋愛を救う事が出来なかったのに気が付きました。総ての不治の創の通りに、恋愛の創も死ななくては癒えません。それはどの恋愛でも傷けられると、恋愛の神が侮辱・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・人を悩殺する媚がある。凡て盛りの短い生物には、生活に対する飢渇があるものだが、それをドリスは強く感じている。それが優しい、褐色の、余り大きいとさえ云いたいような、余りきらきらする潤いが有り過ぎるような目の中から耀いて見える。 無邪気な事・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・物が総て光って輝いて明るい。 向島の長い土手は、花の頃は塵埃と風と雑沓とで行って見ようという気にはなれないが、花が散って、若葉が深くなって、茶店の毛布が際立って赤く見えるころになると、何だか一日の閑を得て、暢気に歩いて見たいような心地が・・・ 田山花袋 「新茶のかおり」
・・・しかしよくよく詮議してみるとやはり貧乏が総ての究極の原因であったという場合もかなり多いようである。紳士と紳士が主義の相違で仲違いをしたというのが、その背後に物質の問題のかくれていることもある。 世の中が妙に騒々しくて、青いX事件があるか・・・ 寺田寅彦 「猫の穴掘り」
・・・軍隊の命令は、総て、天皇陛下のお言渡しと心得ろと然う言って叱って返した。秋山さんも、何うも為方がねえ。 尤も奥さんの綾子さんの方でも、随分気はつけていた。遺書のようなものを、肌を離さずに持っていたのを、どうかした拍子に、ちらと見てからと・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・現代の日本人は祖国に生ずる草木の凡てに対して、過去の日本人の持っていたほどの興味を持たないようになった。わたくしは政治もしくは商工業に従事する人の趣味については暫く擱いて言わぬであろう。画家文士の如き芸術に従事する人たちが明治の末頃から、祖・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・電光が針金の如き白熱の一曲線を空際に閃かすと共に雷鳴は一大破壊の音響を齎して凡ての生物を震撼する。穹窿の如き蒼天は一大玻璃器である。熾烈な日光が之を熱して更に熱する時、冷却せる雨水の注射に因って、一大破裂を来たしたかと想う雷鳴は、ぱりぱりと・・・ 長塚節 「太十と其犬」
出典:青空文庫