・・・それから無愛想にA中尉の顔を見、冷かすように話しかけた。「善根を積んだと云う気がするだろう?」「ふん、多少しないこともない。」 A中尉は軽がると受け流したまま、円窓の外を眺めていた。円窓の外に見えるのは雨あしの長い海ばかりだった・・・ 芥川竜之介 「三つの窓」
・・・何時か飼犬のように思って、その人馴れぬ処、物を怖れる処などを冷かすような風になった。そこで一日一日と人間とクサカとを隔てる間が狭くなった。クサカも次第に別荘の人の顔を覚えて、昼食の前半時間位の時になると、木立の間から顔を出して、友情を持った・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・きっと冷かすぜ、石塔の下から、クックッ、カラカラとまず笑う。」「こわい、おじさん。お母さんだがいいけれど。……私がついていますから、冷かしはしませんから、よく、お拝みなさいましよね。 ――さん。」「糸塚……初路さんか。糸塚は姓な・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・と、しとやかながら冷かすように手をついた。「僕こそお礼を言いに来たのかも知れません」「かも知れませんでは、お礼になりますまい!」「いや、どうも――それでは、ありがとうござります」と、僕はわざとらしくあたまを下げた。「まア・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ と、冷かすと、亀吉はふっと唇をとがらせて、「何をぬかす。拾った金なら届けるわい」「じゃ、掏った金なら持ってるの……」「そや」「本当に掏ったの……」「当りきシャリキ、もちろん……おまけに、掏ったのが紙一枚、それが二千・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・杜氏は冷かすような口調だった。「はア。」「いつ出来たんだ?」「今日で丁度、ヒイがあくんよの。」「ふむ。」「嚊の産にゃ銭が要るし、今一文無しで仕事にはぐれたら、俺ら、困るんじゃ。それに正月は来よるし、……ひとつお前さんから・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・ 編集長がまた皮肉な男で、人を冷やかすことをなんとも思わぬ。骨折って美文でも書くと、杉田君、またおのろけが出ましたねと突っ込む。なんぞというと、少女を持ち出して笑われる。で、おりおりはむっとして、己は子供じゃない、三十七だ、人をばかにす・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・と聞くと「おれはフォーサイスだ」と答える。「それじゃあれがストーンだ」というと、「驚くべき推理の力だな」と冷やかす。 牢屋でフォーサイスが敵将につかみかかって従者に打ちのめされる。敵将が「勇気には知恵が伴なわなければだめだよ」といって得・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・それには冷かす心持もあるが、たしかに尊敬する意味もある。この男の物を書く態度はいかにも規則正しく、短い間を置いてはまた書く。その間には人指し指を器械的に脣の辺まで挙げてまた卸す。しかし目は始終紙を見詰めている。 この男がどんな人物だと云・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
出典:青空文庫