・・・総じて幸徳らに対する政府の遣口は、最初から蛇の蛙を狙う様で、随分陰険冷酷を極めたものである。網を張っておいて、鳥を追立て、引かかるが最期網をしめる、陥穽を掘っておいて、その方にじりじり追いやって、落ちるとすぐ蓋をする。彼らは国家のためにする・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・ 時間は、吹雪の夜そのもののように、冷酷に経った。余り帰りが遅くなるので、秋山の長屋でも、小林の長屋でも、チャンと一緒に食う筈になっている、待ち切れない夕食を愈々待ち切れなくなった、餓鬼たちが騒ぎ出した。「そんなに云うんだったら、帳・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・グロッスの貪婪なブルジョア、冷酷な淫猥なブルジョア女、圧迫されながらしばられ不具にされたプロレタリアートの描写は、その辛辣な暴露で漫画界に一つのスタイルを創った。 ぞろぞろ手法の模倣者が出た位鋭いものを持ってはいたが、本当に闘争するボル・・・ 宮本百合子 「新たなプロレタリア文学」
・・・それを冷静に見ている、作家か何かが冷酷な気持でリアリスティックな気持で見ていれば、その段階がわかるでしょうけれど。――もがき始めたので、はっとなって、とりのぼせたというのならわかるけれども、だんだん黒くなったと見ているのはどうもあまり沈着な・・・ 宮本百合子 「浦和充子の事件に関して」
・・・佐橋甚五郎が小姓だったとき同じ小姓の蜂谷を殺害したそのいきさつも、その償として甲斐の甘利の寝首を掻いた前後のいきさつも、主人である家康の命には決してそむいていないのだが、やりかたに何とも云えぬ冷酷鋭利なところがあって、家康は手放しては使いた・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・亀山次官は「余りに冷酷な世間」と一般人民に責任がありそうな見出しの話しかたをしている。けれども、今日のこの悲劇の真実の社会的責任はどこに在るか。真面目に「世間」も顛落する不幸な人々も考え直してみるべきである。 戦争中、虚偽の大本営発表で・・・ 宮本百合子 「女の手帖」
・・・金のあるひとだけが金を儲けて得ているという今日の冷酷な原則がここにも形をかえてのぞいて来ているのです。 インテリゲンツィアの若い女が勤労者として生活しなければならない必要は、昨今急激に増してきています。しかも、必要によって捕えた職業は常・・・ 宮本百合子 「現実の道」
・・・口は唇が狭く、渋い表情をしているが、それでも冷酷なようには見えない。歯は白く光っている。 己の鑑定では五十歳位に見える。 下宿には大きい庭があって、それがすぐに海に接している。カツテガツトの波が岸を打っている。そこを散歩して、己は小・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・特にその才能の乏しいのを嘲うような態度は、恐ろしい冷酷として、むしろ憎むべき事に思います。才能の乏しいのは確かにいい事ではないでしょう。しかし才能が人間のすべてではありません。才能の乏しい者にも愛すべき者があり才能の豊かな者にも卑しむべき者・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
・・・愛なく情なく血なく肉なくしてただ黄金にのみ執着する獰猛なスクルジは過去現在未来の幽霊に引っ張り回されて一夜の間に昔の夢のようなホームの楽しさと冷酷なる今と身近く迫れる暗き死の領とを痛切に見せられた。翌朝はクリスマスである。スクルジはなんとな・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫