・・・ 誰れが出迎えに来ているだろう? ついさき頃まで熱心に通っていた女郎のことなど、けろりと忘れてしまって、そんなことを頻りに話していた。「俺れゃ、家へ帰ったら、早速、嚊を貰うんだ。」シベリアへ志願をして来た福田も、今は内地へ帰るのを急いで・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・ 汽車の上り下りには赤帽が世話をする、車中では給仕が世話をする、食堂車がある、寝台車がある、宿屋の手代は停車場に出迎えて居る、と言ったような時世になったのですから、今の中等人士は昔時の御大名同様に人の手から手へ渡って行って、ひどく大切に・・・ 幸田露伴 「旅行の今昔」
・・・ 中央線の落合川駅まで出迎えた太郎は、村の人たちと一緒に、この私たちを待っていた。木曾路に残った冬も三留野あたりまでで、それから西はすでに花のさかりであった。水力電気の工事でせき留められた木曾川の水が大きな渓の間に見えるようなところで、・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・玄関には弟の家で見かけない婆やが出迎えて、「さあ、お茶のお支度も出来ておりますよ」 と慣れ慣れしく声を掛けてくれた。 おげんはその婆やの案内で廊下を通った。弟の見つけた家にしては広過ぎるほどの部屋々々の間を歩いて行くと、またその・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・と艶然と笑って出迎えたのは、ああ、驚くべし、竹青ではないか。「やあ! 竹青!」「何をおっしゃるの。あなたは、まあ、どこへいらしていたの? あたしはあなたの留守に大病して、ひどい熱を出して、誰もあたしを看病してくれる人がなくて、しみじ・・・ 太宰治 「竹青」
・・・ヒュッテルドルフまで出迎えている時もある。停車場に来ている時もある。生死に関すると云う程でもなく、ちょいとした危険があるのを冒すのが、なんとも云えないように面白い。ポルジイはまだ子供らしく、こんなかくれん坊の興味を感じる。ドリスも冒険という・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・新入りの二人を出迎えに行った先輩のスコッチが一人をつかまえて「お前がストーンか」と聞くと「おれはフォーサイスだ」と答える。「それじゃあれがストーンだ」というと、「驚くべき推理の力だな」と冷やかす。 牢屋でフォーサイスが敵将につかみかかっ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・ 帰宅してみると猫が片頬に饅頭大な腫物をこしらえてすこぶる滑稽な顔をして出迎えた。夏中ぽつりぽつり咲いていたカンナが、今頃になって一時に満開の壮観を呈している。何とか云う名の洋紅色大輪のカンナも美しいが、しかし札幌円山公園の奥の草花園で・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・下女はちょっと出迎えたがすぐ勝手へ引込んで音もない。今朝まであんなに騒々しかった家内はしんとしてあまりに静かである。平一は縁側に立ったまま外套も脱がず、庭の杉垣に眩い日光を見ていたが、突然訳の分らぬ淋しさに襲われて座敷へはいった。机の前に坐・・・ 寺田寅彦 「障子の落書」
・・・自分は教会の門前で柩車を出迎えた後霊柩に付き添って故人の勲章を捧持するという役目を言いつかった。黒天鵞絨のクションのまん中に美しい小さな勲章をのせたのをひもで肩からつり下げそれを胸の前に両手でささげながら白日の下を門から会堂までわずかな距離・・・ 寺田寅彦 「B教授の死」
出典:青空文庫