・・・皿の破れる音、椅子の倒れる音、それから、波の船腹へぶつかる音――、衝突だ。衝突だ。それとも海底噴火山の爆発かな。 気がついて見ると、僕は、書斎のロッキング・チェアに腰をかけて St. John Ervine の The Critics ・・・ 芥川竜之介 「MENSURA ZOILI」
・・・喉も裂け破れる一声に、全身にはり満ちた力を搾り切ろうとするような瞬間が来た。その瞬間にクララの夢はさめた。 クララはアグネスの眼をさまさないようにそっと起き上って窓から外を見た。眼の下には夢で見たとおりのルフィノ寺院が暁闇の中に厳かな姿・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・又お前たちを見る事によって自分の心の破れるのを恐れたばかりではない。お前たちの清い心に残酷な死の姿を見せて、お前たちの一生をいやが上に暗くする事を恐れ、お前たちの伸び伸びて行かなければならぬ霊魂に少しでも大きな傷を残す事を恐れたのだ。幼児に・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・…… 八 台所と、この上框とを隔ての板戸に、地方の習慣で、蘆の簾の掛ったのが、破れる、断れる、その上、手の届かぬ何年かの煤がたまって、相馬内裏の古御所めく。 その蔭に、遠い灯のちらりとするのを背後にして、お納・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・時に、尉官は苦と叫ぶと見えし、お通が髷を両手に掴みて、両々動かざるもの十分時、ひとしく地上に重り伏せしが、一束の黒髪はそのまま遂に起たざりし、尉官が両の手に残りて、ひょろひょろと立上れる、お通の口は喰破れる良人の咽喉の血に染めり。渠はその血・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・或る晩、誰だかの落語を聴きに行くと、背後で割れるような笑い声がした。ドコの百姓が下らぬ低級の落語に見っともない大声を出して笑うのかと、顧盻って見ると諸方の演説会で見覚えの島田沼南であった。例の通りに白壁のように塗り立てた夫人とクッつき合って・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・二つに割れる仕掛になっているのかと私は思わず噴き出そうとした途端、げっと反吐がこみあげて来た。あわてて口を押え、「食塩水……」をくれと情ない声を出すと、はいと飲まされたのは、ジンソーダだ。あっとしかめた私の顔を、マダムはニイッと見ていた・・・ 織田作之助 「世相」
・・・煙草盆はひっくりかえす、茶碗が転る、銚子は割れる、興奮のあまり刀を振りまわすこともあり、伊助の神経には堪えられぬことばかしであった。 登勢は抜身の刀などすこしも怖がらず、そんな客のさっぱりした気性もむしろ微笑ましかったが、しかし夫がいや・・・ 織田作之助 「螢」
・・・注射もはじめはきらったが、体が二つに割れるような苦痛が注射で消えてとろとろと気持よく眠り込んでしまえる味を覚えると、痛みよりも先に「注射や、注射や」夜中でも構わず泣き叫んで、種吉を起した。種吉は眠い目をこすって医者の所へ走った。「モルヒネだ・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・今蔵々々と母は逃げながら自分を呼ぶ、自分は飛び込んで母を助けようとすると、一人の兵が自分を捉えて動かさない……アッと思うとこの空想が破れる。 自分が百円持って銀行に預けに行く途中で、掏児に取られた体にして届け出よう、そう為ようと考がえた・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
出典:青空文庫