・・・などと、暗に勝つ自信をほのめかした感想は言わず、「坂田さんの一四歩は仕掛けさせて勝つ。こうした将棋の根本を狙った氏の独創的作戦であったのです」といたわりの言葉をもってかばっている。花田八段の人物がしのばれるのである。 花田八段はその対局・・・ 織田作之助 「勝負師」
・・・輪廓といい、陰影といい、運筆といい、自分は確にこれまで自分の書いたものは勿論、志村が書いたものの中でこれに比ぶべき出来はないと自信して、これならば必ず志村に勝つ、いかに不公平な教員や生徒でも、今度こそ自分の実力に圧倒さるるだろうと、大勝利を・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・「だってそうじゃないかお前、今度の戦争だって日本の軍人が豪いから何時も勝つのじゃないか。軍人あっての日本だアね、私共は軍人が一番すきサ」 この調子だから自分は遂に同居説を持だすことが出来ない。まして品行の噂でも為て、忠告がましいこと・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・何故に悪が善に勝つかということほど純直な童心をいたましめるものはないからだ。 彼は世界と人倫との究竟の理法と依拠とを求めずにはいられなかった。当時の学問と思想との文化的所与の下に、彼がそれを仏法に求めたのは当然であった。しかし仏法とは一・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・彼等は、勝つことが出来ない強力な敵に遭遇したような緊張を覚えずにはいられなかった。 犬と人間との入り乱れた真剣な戦闘がしばらくつゞいた。銃声は、日本の兵士が持つ銃のとゞろきばかりでなく、もっとちがった別の銃声も、複雑にまじって断続した。・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・持主は自分の犬が勝つと喜び、負けると悲観する。でも、負けたって犬がやられるだけで、自分に怪我はない。利害関係のない者は、面白がって見物している。犬こそいい面の皮だ。 黒島伝治 「戦争について」
・・・お前なんかは薄のろの馬鹿だから、日本は勝つとでも思っているんだろう。ばか、ばか。どだい、もうこの戦争は話にならねえのだ。ケツネと犬さ。くるくるっとまわって、ぱたりとたおれるやつさ。勝てるもんかい。だから、おれは毎晩こうして、酒を飲んで女を買・・・ 太宰治 「貨幣」
・・・旦那芸の典型である。勝つか負けるかのおののきなどは、微塵もない。そうして、そののっぺら棒がご自慢らしいのだからおそれ入る。 どだい、この作家などは、思索が粗雑だし、教養はなし、ただ乱暴なだけで、そうして己れひとり得意でたまらず、文壇の片・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・これがロシア語とかドイツ語とかであってみれば事柄はよほどちがって来るが、それでも一度び歌謡となって現われる際にはどうしても母音の方の重みが勝つ。いわんや日本語となると子音の役目はよほど軽くなると云っても差しつかえはない。 母音の重要なと・・・ 寺田寅彦 「歌の口調」
・・・それで塵の層を通過して来た白光には、青紫色が欠乏して赤味を帯び、その代りに投射光の進む方向と直角に近い方向には、青味がかった色の光が勝つ道理である。遠山の碧い色や夕陽の色も、一部はこれで説明される。煙草の煙を暗い背景にあてて見た時に、青味を・・・ 寺田寅彦 「塵埃と光」
出典:青空文庫