・・・などと自分で云っているが、単なるボスウェリズムでない事は明らかに認められる。 時々アインシュタインに会って雑談をする機会があるので、その時々の談片を題目とし、それの注釈や祖述、あるいはそれに関する評論を書いたものが纏まった書物になったと・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・ 日本橋橋畔のへリオトロープは単なる子供のいたずらであったであろうが、同じようなのでただの悪戯ではない場合があり得る。例えば某ビルディングの某会社のある窓の内に執務している甲某にその友人乙某が百メートルも先の街上から何かしらある信号を送・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・卒業の少し前から話が続いているので、自分たちだけには単なる「あのこと」でいっさいの経過が明らかに頭に浮かむせいか、べつだん改まって相手の名前などは口へ出さないで済ますことが多かったのである。 女は妻の遠縁に当たるものの次女であった。その・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・人間としてもっとも広くかつ高き理想を有した人で始めて他を感化する事ができるのでありますから、文芸は単なる技術ではありません。人格のない作家の作物は、卑近なる理想、もしくは、理想なき内容を与うるのみだからして、感化力を及ぼす力もきわめて薄弱で・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・国家に世界史的使命の自覚なく、単なる帝国主義の立場に立つかぎり、又逆にその半面に、階級闘争と云うものを免れない。十九世紀以来、世界は、帝国主義の時代たると共に、階級闘争の時代でもあった。共産主義と云うのは、全体主義的ではあるが、その原理は、・・・ 西田幾多郎 「世界新秩序の原理」
・・・自己は自己の対象となることはできない。自己の対象となるものは自己ではない。然らば自己は単に不可知的か。単に不可知的なるものは、無と択ぶ所はない。自己は単なる無か。自己を不可知的というものは、何物か。対象的に知ることのできない自己は、最も能く・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
・・・彼等の中で、比較的忠実に読んだ人さへが、単なる英雄主義者として、反キリストや反道徳の痛快なヒーローとして、単純な感激性で崇拝して居たこと、あたかも大正期の文壇でトルストイやドストイェフスキイやを、単なる救世軍の大将として、白樺派の人々が崇拝・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・文学は、今日もう単なる個人の業績の問題ではなくなった。文学が歴史の鏡であるという事実はいよいよ明白である。 一九四七年十月〔一九四七年十二月〕 宮本百合子 「あとがき(『作家と作品』)」
・・・此の恐るべき文学の包括力が、マルクスをさえも一個の単なる素材となすのみならず、宇宙の廻転さえも、及び他の一切の摂理にまで交渉し得る能力を持っているとするならば、われわれの文学に対する共通の問題は、一体、いかなる所にあるのであろうか。それは、・・・ 横光利一 「新感覚派とコンミニズム文学」
・・・しかし民衆運動が勃興して後には、由緒の代わりに実力が物をいうようになった。単なる家柄の代わりに実際の統率力や民衆を治める力が必要となったのである。だから政治的才能の優れた統率者が、いわゆる「群雄」として勃興して来た。彼らを英雄たらしめたのは・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫