・・・彼らは顔にあたる焚火のほてりを手や足を挙げて防ぎながら、長雨につけこんで村に這入って来た博徒の群の噂をしていた。捲き上げようとして這入り込みながら散々手を焼いて駅亭から追い立てられているような事もいった。「お前も一番乗って儲かれや」・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・……震災前には、十六七で、渠は博徒の小僧であった。 ――家、いやその長屋は、妻恋坂下――明神の崖うらの穴路地で、二階に一室の古屋だったが、物干ばかりが新しく突立っていたという。―― これを聞いて、かねて、知っていたせいであろう。おか・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・可哀相でね、お金子を遣って旅籠屋を世話するとね、逗留をして帰らないから、旦那は不断女にかけると狂人のような嫉妬やきだし、相場師と云うのが博徒でね、命知らずの破落戸の子分は多し、知れると面倒だから、次の宿まで、おいでなさいって因果を含めて、…・・・ 泉鏡花 「第二菎蒻本」
・・・きけば前科八犯の博徒で入獄するたびに同房に思想犯が膝をかかえて鉛のように坐っていたのだ。 最近父親の投書には天皇制護持論が多い。 織田作之助 「実感」
・・・「出入って、博徒の仲間にはいったのか、女出入か、縄張りか」 それならまだしも浮浪者より気が利いていると思ったが、「闇屋の天婦羅屋イはいって食べたら、金が足らんちゅうて、袋叩きに会いましてん。なんし、向うは十人位で……」「ふー・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ ゲーブルの役の博徒の親分が二人も人を殺すのにそれが観客にはそれほどに悪逆無道の行為とは思われないような仕組みになっている。二度目の殺人など、洗面場で手を洗ってその手をふくハンケチの中からピストルの弾を乱発させるという卑怯千万な行為であ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・ 浅草の興行街には久しく剣劇といいチャンバラといわれた闘争の劇の流行していたことは人の記憶している所である。博徒無頼漢の喧噪を主とした芝居で、その絵看板の殺伐残忍なことは、往々顔を外向けたいくらいなものがあった。チャンバラ芝居は戦争後殆・・・ 永井荷風 「裸体談義」
・・・窃盗博徒といえども、これを捕縛してもらさざるは、法律上において称すべき事なれども、その囚徒が獄内に充満するは、祝すべきに非ず。窃盗博徒、なおかつ然り、いわんや字を知る文人学者においてをや。国のためにもっとも悲しむべき事なり。この一段にいたり・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・また、いかなる盗賊にても博徒にても、外に対しては乱暴無状なりといえども、その内部に入りて仲間の有様を見れば、朋輩の間、自から約束あり、規則あり。すなわちその約束規則は自家の安全をはかるものより外ならず。しかのみならず、この法外の輩が、たがい・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
出典:青空文庫