・・・「可哀相にここに居たのかい。こっちへ一しょにおいで」とレリヤがいった。そして犬を連れて街道に出た。街道の傍は穀物を刈った、刈株の残って居る畠であった。所々丘のように高まって居る。また低い木立や草叢がある。暫く行くと道標の杙が立って居て、その・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・A 細君を持つまでか。可哀想に。しかし羨ましいね君の今のやり方は、実はずっと前からのおれの理想だよ。もう三年からになる。B そうだろう。おれはどうも初め思いたった時、君のやりそうなこったと思った。A 今でもやりたいと思ってる。た・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・……ぽう、ぽっぽ――可哀相ですけど。……もう縁側へ出ましたよ。男が先に、気取って洋杖なんかもって――あれでしょう。三郎さんを突いたのは――帰途は杖にして縋ろうと思って、ぽう、ぽっぽ。……いま、すぐ、玄関へ出ますわ、ごらんなさいまし。」 ・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・――嬰児が、二つ三つ、片口をきくようになると、可哀相に、いつどこで覚えたか、ママを呼んで、ごよごよちゃん、ごよちゃま。 ○日月星昼夜織分――ごろからの夫婦喧嘩に、なぜ、かかさんをぶたしゃんす、もうかんにんと、ごよごよごよ、と雷の児が・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・そうするとお前様、(ええ、旦那様は私が居なくっても可いけれど、千ちゃんは一所に居てあげないと死んでおしまいだから可哀相 とこれじゃあもう何にもいうことはありませんわ。ここなの、ここなんだがね、千ちゃん、一体こりゃ、ま、お前さんどうし・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・私はまたお前が柔かい手足へ、茨や薄で傷をつけるが可哀相だから、そう云ったんだが、いやだと云うならお前のすきにするがよいさ」 それで民子は、例の襷に前掛姿で麻裏草履という支度。二人が一斗笊一個宛を持ち、僕が別に番ニョ片籠と天秤とを肩にして・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ * その晩の話を綜合して想像すると、境遇のため泥水稼業に堕ちた可哀相な気の毒な女があって、これを泥の中から拾い上げて、中年からでも一人前になれる自活の道を与える意で、色々考えた結果がココの女の写真屋の内弟子に住・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・という千日堂で買うてくる五厘の飴を私にくれて言うのには、十吉ちゃんは新ちゃんと違て、継子やさかい、えらい目に会わされて可哀相や。お歯黒をした気味の悪い口を私の耳に押しつけながらもう涙ぐみ、そして私がわけの判らぬままにキョトンとしていると、も・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
一 ざまあ見ろ。 可哀相に到頭落ちぶれてしまったね。報いが来たんだよ。良い気味だ。 この寒空に縮の単衣をそれも念入りに二枚も着込んで、……二円貸してくれ。見れば、お前じゃないか。……声まで顫えて・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・それも君ひとりだったら、そりゃ壁の中でも巌の中でも封じ込まれてもいゝだろうがね、細君や子供達まで巻添えにしたんでは、そりゃ可哀相だよ」「そんなもんかも知れんがな。併しその婆さんなんていう奴、そりゃ厭な奴だからね」「厭だって仕方が無い・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
出典:青空文庫