・・・しかも死後の名声という附録つきです。傑作をひとつ書くことなのさ。これですよ。」 僕は彼の雄弁のかげに、なにかまたてれかくしの意図を嗅いだ。果して、勝手口から、あの少女でもない、色のあさぐろい、日本髪を結った痩せがたの見知らぬ女のひとがこ・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・百年の名声でもなかった。タンポポの花一輪の信頼が欲しくて、チサの葉いちまいのなぐさめが欲しくて、一生を棒に振った。 四唱 信じて下さい 東郷平八郎の母上は、わが子の枕もと歩かなかった。この子は、将来きっと百千の人のか・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・死後の名声。つまり、高級なんだね。千両役者だからね。晴耕雨読。三度固辞して動かず。鴎は、あれは唖の鳥です。天を相手にせよ。ジッドは、お金持なんだろう? すべて、のらくら者の言い抜けである。私は、実際、恥かしい。苦しさも、へったくれもない・・・ 太宰治 「懶惰の歌留多」
・・・空腹を防ぐために子への折檻をひかえた黄村、子の名声よりも印税が気がかりでならぬ黄村、近所からは土台下に黄金の一ぱいつまった甕をかくしていると囁かれた黄村が、五百文の遺産をのこして大往生をした。嘘の末路だ。三郎は嘘の最後っ屁の我慢できぬ悪臭を・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・ 彼の名声が急に揚がる一方で、彼に対する迫害の火の手も高くなった。ユダヤ人種排斥という日本人にはちょっと分らない、しかし多くのドイツ人には分りやすい原理に、幾分は別の妙な動機も加わって、一団のアインシュタイン排斥同盟のようなものが出来た・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・陶工の得た名声や利得が大きければ大きいほど、こういう事件の持ち上がる確率が大きいようである。 文学上の作品などでも、よくこれに類した「剽窃問題」が持ち上がる事がある。大文豪などはほとんど大剽窃家である。 哲学者科学者皆そうである。ア・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・てて何十万円を得たり、某は何々の商売に何百万の産をなしたりという、その人の身は、必ず学校より出でたる者にして、少小教育の所得を、成年の後、殖産の実地に施し、もって一身一家の富をいたしたる者にして、世に名声も香しきことなれども、少壮の時より政・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾学生諸氏に告ぐ」
・・・ この他、『唐詩選』の李于鱗における、百人一首の定家卿における、その詩歌の名声を得て今にいたるまで人口に膾炙するは、とくに選者の学識いかんによるを見るべし。わずかに詩歌の撰にして、なおかつ然り。いわんや道徳の教書たる倫理教科書の如きにお・・・ 福沢諭吉 「読倫理教科書」
・・・して、我が日本国の如きはその最も甚だしきものなれば、多妻法、断じて許すべからず、斯る醜行を犯す者は、一家の不幸を醸して、禍を後世子孫に遺すのみならず、内行不取締は醜聞を世界万国に放つものにして、自国の名声を害するの罪人なり云々とて、筆鋒の向・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・そんなこといったって、あの人はあれで名声も金もえているという場合もあるが、現代の若い女のひとは、人生の評価をそこで終りにしてしまわないだけには人間として成長もして来ているのではないだろうか。私たちの生きている時代は外廓的には随分進んでいるか・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
出典:青空文庫