・・・ 岩塊の頂上に紅白の布片で作った吹き流しが立っている。その下にどこかの天ぷら屋の宣伝札らしいものがある。火山に天ぷらは縁があると思えば可笑しい。 岩塊の頂で偶然友人N君の一行に逢った。その案内で程近い洞穴の底に雪のある冷泉を紹介され・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・女の髪は吹流しのように闇の中に尾を曳いた。それでもまだ篝のある所まで来られない。 すると真闇な道の傍で、たちまちこけこっこうという鶏の声がした。女は身を空様に、両手に握った手綱をうんと控えた。馬は前足の蹄を堅い岩の上に発矢と刻み込んだ。・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・既に金網をもって防戦されたことを知った心臓は、風上から麦藁を燻べて肺臓めがけて吹き流した。煙は道徳に従うよりも、風に従う。花壇の花は終日濛々として曇って来た。煙は花壇の上から蠅を追い散らした勢力よりも、更に数倍の力をもって、直接腐った肺臓を・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫