・・・「性質の良いは当にならない」。「性質の善良のは魯鈍だ」。と促急込んで独問答をしていたが「魯鈍だ、魯鈍だ、大魯鈍だ」と思わず又叫んで「フン何が知れるもんか」と添足した。そして布団から首を出して見ると日が暮れて入口の障子戸に月が射している。・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・ お里は、善良な単純な女だった。悪智恵をかっても、彼女の方から逃げだしてしまうほどだった。その代り、妻が小心で正直すぎるために、清吉は、他人から損をかけられたり儲けられる時に、儲けそこなって歯痒ゆく思ったりすることがたび/\あった。・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・と云った。近来大に進歩して、細君はこの提議をしたのである。ところが、「なぜサ。」と善良な夫は反問の言外に明らかにそんなことはせずとよいと否定してしまった。是非も無い、簡素な晩食は平常の通りに済まされたが、主人の様子は平常の通りで・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・ところが書画骨董に心を寄せたり手を出したりする者の大多数はこの連中で、仕方がないからこの連中の内で聡明でもあり善良でもある輩は、高級骨董の素晴らしい物に手を掛けたくない事はないが、それは雲に梯の及ばぬ恋路みたようなものだから、やはり自分らの・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・、便宜上その答案を三つに分けて申しますが、馬琴の小説中の人物は大別すれば三種類あるのでして、第一には前に申しました一篇の主人公や副主人公やその他にせよ、とにかくに篇中の柱たり棟たる役目を背負って居る「善良の人物」であります。第二には、梟悪・・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・そして、その生においても、死においても、自己の分相応の善良な感化・影響を社会にあたえておきたいものだと思う。これは、大小の差こそあれ、その人びとの心がけ次第で、けっしてなしがたいことではないのである。 不幸、短命にして病死しても、正岡子・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・自然の死を甘受するの外はなく、また甘受するのが良いではない歟、唯だ吾等は如何なる時、如何なる死でもあれ、自己が満足を感じ、幸福を感じて死にたいものと思う、而して其生に於ても、死に於ても、自己の分相応の善良な感化・影響を社会に与えて置きたいも・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・色気を感じさせないところが偉いと私は尊敬をしていたのですが、やっぱり、ちょっと男に色気を起させるくらいの女のほうが、善良で正直なのかも知れません。何が何やら、もう私は女の言う事は、てんで信用しない事にしました。 圭吾は、すぐに署長の証明・・・ 太宰治 「嘘」
・・・君は、君自身の「かよわい」善良さを矢鱈に売込もうとしているようで、実にみっともない。君は、そんなに「かよわく」善良なのですか。御両親を捨てて上京し、がむしゃらに小説を書いて突進し、とうとう小説家としての一戸を構えた。気の弱い、根からの善人に・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・こんどの大家さんは、わかくて善良らしいとか、そんな失礼なことを言いまして、あの、むりにあんなおかしげな切手を作らせましたのでございますの。ほんとうに。」「そうですか。」僕は思わず笑いかけた。「そうですか。僕もおどろいたのです。敷金の、」・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
出典:青空文庫