・・・ つぎには、これは築地の、市の施療院でのことですが、その病院では、当番の鈴木、上与那原両海軍軍医少佐以下の沈着なしょちで、火が来るまえに、看護婦たちにたん架をかつがせなどして、すべての患者を裏手のうめ立て地なぞへうつしておいたのですが、・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・における大仕掛けの機械架構が、どうも物足りなく思われるのである。「トルクシヴ」もかなりおもしろいと思って見物した。いわゆるモンタージュの芸当をあまりにわざとらしく感じさせるようなところもある。たとえば紡績機械の流動のリズムと、雪解けの渓・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
大垣の女学校の生徒が修学旅行で箱根へ来て一泊した翌朝、出発の間ぎわに監督の先生が記念の写真をとるというので、おおぜいの生徒が渓流に架したつり橋の上に並んだ。すると、つり橋がぐらぐら揺れだしたのに驚いて生徒が騒ぎ立てたので、・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・比較的新しい方の例で自分の体験の記憶に残っているのは明治三十二年八月二十八日高知市を襲ったもので、学校、病院、劇場が多数倒壊し、市の東端吸江に架した長橋青柳橋が風の力で横倒しになり、旧城天守閣の頂上の片方の鯱が吹き飛んでしまった。この新旧二・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・ たとえば、昔の日本人が集落を作り架構を施すにはまず地を相することを知っていた。西欧科学を輸入した現代日本人は西洋と日本とで自然の環境に著しい相違のあることを無視し、従って伝来の相地の学を蔑視して建てるべからざる所に人工を建設した。そう・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・と椽に端居して天下晴れて胡坐かけるが繰り返す。兼ねて覚えたる禅語にて即興なれば間に合わすつもりか。剛き髪を五分に刈りて髯貯えぬ丸顔を傾けて「描けども、描けども、夢なれば、描けども、成りがたし」と高らかに誦し了って、からからと笑いながら、室の・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・あるときは黒き地に、燃ゆる焔の色にて十字架を描く。濁世にはびこる罪障の風は、すきまなく天下を吹いて、十字を織れる経緯の目にも入ると覚しく、焔のみははたを離れて飛ばんとす。――薄暗き女の部屋は焚け落つるかと怪しまれて明るい。 恋の糸と誠の・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・時ふと夕方の一番星の光を見て悟る所があって、犬の分際で人間を喰うというのは罪の深い事だと気が付いた、そこで直様善光寺へ駈けつけて、段々今までの罪を懺悔した上で、どうか人間に生れたいと願うた、七日七夜、椽の下でお通夜して、今日満願というその夜・・・ 正岡子規 「犬」
・・・ うまかったな、網野さんはなかなかうまい、と百花園のお成座敷の椽でお茶を飲みつつ更に先夜の笑いを新にしたのだが、その時網野さんのユーモアということが、作品にもつづいて私の頭に浮んで来た。「皮と身と離るゝ体我持てば利殖の本も買ふ気にな・・・ 宮本百合子 「九月の或る日」
・・・ 私の部屋は南向きだが、非常に寒い。椽がなく、障子一つで外気を防いでいるためだろう。日本の障子の風情を愛すのはピエル・ロティとヨネ・野口に止まらぬ。けれども寒いので私は風邪をひいた。一日、ホット・レモンを飲んで床についたが、無惨に高い天・・・ 宮本百合子 「是は現実的な感想」
出典:青空文庫