・・・「そのお飯粒で蛙を釣って遊んだって、御執心の、蓮池の邸の方とは違うんですか。」 鯛はまだ値が出来ない。山の端の薄に顱巻を突合せて、あの親仁はまた反った。「違うんだよ。……何も更めて名のるほどの事もないんだけれど、子供ッて妙なもの・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・あれと添われなけりゃ生きてる効がないとまでに執心の男だ。そこをおれがちゃんと心得てるから、きれいさっぱりと断わった。なんと慾のないもんじゃあるまいか。そこでいったんおれが断わった上はなんでもあきらめてくれなければならないと、普通の人間ならい・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・いかんとなればあまたの人の嫌悪に堪えざる乞食僧の、黒壁に出没するは、蝦蟇とお通のあるためなりと納涼台にて語り合えるを美人はふと聞噛りしことあればなり、思うてここに到る毎に、お通は執心の恐しさに、「母上、母上」と亡母を念じて、己が身辺に絡纏り・・・ 泉鏡花 「妖僧記」
・・・この月初めから話があっての、向うで言うにゃの、おとよさんの事はよく知ってる、ただおとよさんが得心して来てくれさえすれば、来た日からでも身上の賄いもしてもらいたいっての、それは執心な懇望よ、向うは三度目だけれどお前も二度目だからそりゃ仕方がな・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・も青と黄と褐と淡紅色と襦袢の袖突きつけられおのれがと俊雄が思いきって引き寄せんとするをお夏は飛び退きその手は頂きませぬあなたには小春さんがと起したり倒したり甘酒進上の第一義俊雄はぎりぎり決着ありたけの執心をかきむしられ何の小春が、必ずと畳み・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・さすがの美人が憂に沈でる有様、白そうびが露に悩むとでもいいそうな風情を殿がフト御覧になってからは、優に妙なお容姿に深く思いを寄られて、子爵の御名望にも代られぬ御執心と見えて、行つ戻りつして躊躇っていらっしゃるうちに遂々奥方にと御所望なさった・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
出典:青空文庫