・・・だからトルストイやドストエフスキイの翻訳が売れるのだ。ほんとうの批評家にしか分らなければ、どこの新劇団でもストリンドベルクやイブセンをやりはしない。作の力、生命を掴むばかりでなく、技巧と内容との微妙な関係に一隻眼を有するものが、始めてほんと・・・ 芥川竜之介 「江口渙氏の事」
・・・が、とにかく売れるはずだと答えた。「そうですか? じゃ失敬します。」青年はただ疑わしそうに、難有うとも何とも云わずに帰って行った。 Sさんは日の暮にも洗腸をした。今度は粘液もずっと減っていた。「ああ、今晩は少のうございますね」手洗いの湯・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・儀にも足りない、ところを、たといおも湯にしろ両親が口を開けてその日その日の仕送を待つのであるから、一月と纏めてわずかばかりの額ではないので、毎々借越にのみなるのであったが、暖簾名の婦人と肩を並べるほど売れるので、内証で悪い顔もしないで無心に・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ そこで、公衆は、ただ僅に硝子の管へ煙草を吹込んで、びくびくと遣ると水が濁るばかりだけれども、技師の態度と、その口上のぱきぱきとするのに、ニコチンの毒の恐るべきを知って、戦慄に及んで、五割引が盛に売れる。 なかなかどうして、歯科散が・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ ろうそく屋では、ろうそくが売れるので、おじいさんはいっしょうけんめいに朝から晩まで、ろうそくを造りますと、そばで娘は、手の痛くなるのも我慢して、赤い絵の具で絵を描いたのであります。「こんな、人間並でない自分をも、よく育てて、かわい・・・ 小川未明 「赤いろうそくと人魚」
・・・ 蝋燭屋では、絵を描いた蝋燭が売れるのでお爺さんは、一生懸命に朝から晩まで蝋燭を造りますと、傍で娘は、手の痛くなるのも我慢して赤い絵具で絵を描いたのであります。「こんな人間並でない自分をも、よく育て可愛がって下すったご恩を忘れてはな・・・ 小川未明 「赤い蝋燭と人魚」
・・・何人も知るごとく、必ずしもよく売れる本がいゝとはいわれない。大衆性を有するものだけが、いつの時代でもよく売れるということは明かであります。 これに較べると、昔の和本は、生紙を使用して木版で摺られている。そして、糸で綴られていて、一見不器・・・ 小川未明 「書を愛して書を持たず」
・・・そうすればきもは、あの旅の薬屋に高く売れるし、肉は、村じゅうのものでたべられるし、皮は皮で、お金にすることができるのだ。こう思いながら、肩から、鉄砲をはずして、弾丸をこめて、その足跡を見失わないようにして、ついてゆきました。 裏山は、雲・・・ 小川未明 「猟師と薬屋の話」
・・・ 湯豆腐屋で名高い高津神社の附近には薬屋が多く、表門筋には「昔も今も効能で売れる七福ひえぐすり」の本舗があり、裏門筋には黒焼屋が二軒ある。元祖本家黒焼屋の津田黒焼舗と一切黒焼屋の高津黒焼惣本家鳥屋市兵衛本舗の二軒が隣合せに並んでいて、ど・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・私の原稿は売れる時もあり売れぬ時もあったが、しかしそれは私の長髪とは関係がなかった。私の髪の毛が長いという理由で、私の原稿を毛嫌いするような編輯者は一人もいなかった。むしろ編輯者の中には私より髪の毛を長くしている頼もしい仁もあった。今や誰に・・・ 織田作之助 「髪」
出典:青空文庫