・・・ツェペリン飛行船が舞台の真中に着陸する、その前でロココ時代の宮庭と現代の世界との混合したような夢幻の光景が渦を巻いたといったような気がするだけである。ジァンペートロというバリートンが当時異常な人気を呼んでいて、なんでもある貴族の未亡人から、・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
・・・ こういうふうに、旋律的な物売りの呼び声が次第になくなり、その呼び声の呼び起こす旧日本の夢幻的な情調もだんだんに消えうせて行くのは日本全国共通の現象らしい。 郷里で昔聞き慣れた物売りの声も今ではもう大概なくなったらしいが、考えてみる・・・ 寺田寅彦 「物売りの声」
・・・こんな時にはいつもするように、机の上にひじを突いて、頭をおさえて、何もない壁を見つめて、あった昔、ない先の夢幻の影を追う。なんだか思い出そうとしても、思い出せぬ事があってうっとりしていると、雷の音が今度はやや近く聞こえて、ふっと思い出すと共・・・ 寺田寅彦 「竜舌蘭」
・・・然らざれば、それは夢幻に過ぎない。存在の前に当為があるなどいって、いわゆる実践理性の立場から道徳の形式が明にせられたとしても、真の実践は単に形式的に定まるのではない。此にも内容なき形式は空虚である。人は真実在は不可知的というかも知らない。も・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
・・・ けれども、其なら彼はその耽美の塔に立て籠って、夕栄の雲のような夢幻に陶酔していると云うのだろうか、私は単純に、夢の宮殿を捧げて仕舞えない心持がする。夢で美を見るのと、醒めて美を見ると違うのに彼はおきているのだ。起きていて、心が彼方まで・・・ 宮本百合子 「最近悦ばれているものから」
・・・ 殆どあらゆる種類の伝説と童話とが酵母となって、彼女の生活のどこの隅々にまでも、渾然と漲りわたっていた果もない夢幻的空想は、今ようようその気まぐれな精力と、奇怪な光彩とを失い、小さい宝杖を持ち宝冠を戴いた王様や女王様、箒に乗って・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・カソリック詩人のポール・クロウデルも、日本に来たときは、お濠の石垣を詩につくったし、日本の柳、三味線、徳川時代の服装の女を配した夢幻劇をつくった。日本の女の美は昔風のしとやかさ、髷、袂にあるとヨーロッパの女にいわれて、ある当惑を感じない今日・・・ 宮本百合子 「中国に於ける二人のアメリカ婦人」
・・・は、十九世紀のロマン主義時代に生れたフランスの婦人作家が、女にとって苦しい結婚生活と宗教との負担に、情緒的に反抗しつつその解決は作品の中でだけ可能な夢幻境へ逃避の形でまとめているのは注目にあたいする。バルザックの「従妹ベット」「ウウジニイ・・・・ 宮本百合子 「若い婦人のための書棚」
出典:青空文庫