・・・ しかしその話が一段落つくと、谷村博士は大様に、二三度独り頷いて見せた。「いや、よくわかりました。無論十二指腸の潰瘍です。が、ただいま拝見した所じゃ、腹膜炎を起していますな。何しろこう下腹が押し上げられるように痛いと云うんですから―・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・ 長老は大様に微笑しながら、まず僕に挨拶をし、静かに正面の祭壇を指さしました。「御案内と申しても、何もお役に立つことはできません。我々信徒の礼拝するのは正面の祭壇にある『生命の樹』です。『生命の樹』にはごらんのとおり、金と緑との果が・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・いつか機嫌を直した治修は大様に何度も頷いて見せた。「好い。好い。そちの心底はわかっている。そちのしたことは悪いことかも知れぬ。しかしそれも詮ないことじゃ。ただこの後は――」 治修は言葉を終らずに、ちらりと三右衛門の顔を眺めた。「・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・ 田中君は大様な返事をしながら、何とも判然しない微笑を含んだ眼で、じっとお君さんの顔を眺めた。それから急に身ぶるいを一つして、「歩こう、少し。」とつけ加えた。いや、つけ加えたばかりではない。田中君はもうその時には、アアク燈に照ら・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・やがて大様に頷きながら、「では教えて上げましょう。が、いくら造作なく使えると言っても、習うのには暇もかかりますから、今夜は私の所へ御泊りなさい。」「どうもいろいろ恐れ入ります。」 私は魔術を教えて貰う嬉しさに、何度もミスラ君へ御・・・ 芥川竜之介 「魔術」
・・・ ト大様に視めて、出刃を逆手に、面倒臭い、一度に間に合わしょう、と狙って、ずるりと後脚を擡げる、藻掻いた形の、水掻の中に、空を掴んだ爪がある。 霜風は蝋燭をはたはたと揺る、遠洋と書いたその目標から、濛々と洋の気が虚空に被さる。 ・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ 妾に跟いてこっちへと、宣示すがごとく大様に申して、粛然と立って導きますから、詮方なしに跟いて行く。土間が冷く踵に障ったと申しますると、早や小宮山の顔色蒼然! 話に聴いた、青色のその燈火、その台、その荒筵、その四辺の物の気勢。 ・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・古い澪杙、ボッカ、われ舟、ヒビがらみ、シカケを失うのを覚悟の前にして、大様にそれぞれの趣向で遊びます。いずれにしても大名釣といわれるだけに、ケイズ釣は如何にも贅沢に行われたものです。 ところで釣の味はそれでいいのですが、やはり釣は根が魚・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・それでいて山水遠近の配置が決して単調でなく、大様で少しもせせこましくない変化を豊富に示している。 岩手山は予期以上に立派な愉快な火山である。四辺の温和な山川の中に神代の巨人のごとく伝説の英雄のごとく立ちはだかっている。富士が女性ならばこ・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・お絹は二人を迎えたが、母親とはまた違って、もっときゃしゃな体の持主で、感じも瀟洒だったけれど、お客にお上手なんか言えない質であることは同じで、もう母親のように大様に構えていたのでは、滅亡するよりほかはないので、いろいろ苦労した果てに細かいこ・・・ 徳田秋声 「挿話」
出典:青空文庫