・・・当時朝から晩まで代る代るに訪ずれるのは類は友の変物奇物ばかりで、共に画を描き骨董を品して遊んでばかりいた。大河内子爵の先代や下岡蓮杖や仮名垣魯文はその頃の重なる常連であった。参詣人が来ると殊勝な顔をしてムニャムニャムニャと出放題なお経を誦し・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・荒唐無稽を信じなければいけない。大河内伝次郎は、必ず試合に勝たなければいけない。或る教養深い婦人は、「大谷日出夫という役者は、たのもしくていいわ。あの人が出て来ると、なんだか安心ですの。決して負けることがないのです。芸術映画は、退屈です。」・・・ 太宰治 「弱者の糧」
・・・となりの部屋の若旦那は、ふすまをあけたら、浴衣がかかっていて、どうも工合いがわるかった、など言って、みんな私よりからだが丈夫で、大河内昇とか、星武太郎などの重すぎる名を有し、帝大、立大を卒業して、しかも帝王の如く尊厳の風貌をしている。惜しい・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・や、最近に現われた大河内博士の「陶片」とか、それからこれはまだ一部しか見ていないが入沢医学博士の近刊随筆集など、いずれも科学者でなければ書けなくて、そうして世人を啓発しその生活の上に何かしら新しい光明を投げるようなものを多分に含んでいる。そ・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・野見 「ヌムイ」豊漁の湾。与津 「エツイ」岬。小籠 「コム」は瘤、また小山。「コムコム」か。咥内 「カウンナイ」係蹄をかけて鹿を捕る沢。石狩にもこの地名あり。加江 は岩の割目。大河内 「ウーコッ」川の合流。甲殿 ・・・ 寺田寅彦 「土佐の地名」
・・・ ヴィタミンABCでなじみぶかい理研のコンツェルンは、工学博士、子爵大河内正敏氏その他を主として、長野や群馬、新潟などの寒村に、「共同作業場ともいえないくらいの小さな作業場」をつくり都会の大工場で同じ機械を使って造り出す能率の二倍以上の・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・たとえば労働組合の婦人部の人たちの要求の必然性がこういう事件に裏書されております。大河内氏もいわれたとおりいろいろの社会的施設の不備について改善を要求する発言をしていろいろの行動をしているのです。デモとかストライキをする。しかし権力はそうい・・・ 宮本百合子 「浦和充子の事件に関して」
・・・母の本はあのようにしてつくられたので、父の記念出版をしたいが、それには様々の困難があり、こまっていたら国民美術協会で大河内正敏氏や石井柏亭その他の人が一冊の『中條精一郎』という本を出して下さる由。私は大変うれしゅうございます。家族で出すより・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ ところが、他の一面に近頃ではいろいろの軍需工場に多数の女が働いているし、その農村の工業化の問題においても、専門家大河内子爵は、機械製造工程の発達した現在にあっては、安い賃銀の農村の娘が、たやすく、自動車の部分品をも作り得るから、農村工・・・ 宮本百合子 「今日の文化の諸問題」
・・・ 婦人の生産場面への進出は、今日の日本で必要とされ奨励され、婦人の文化の成長の可能のようにいわれてもいるのであるが、大河内正敏氏の著などをよむと、文化の課題として、婦人の内部的成長はどう計画されているかという点で考えさせられるものがある・・・ 宮本百合子 「婦人の文化的な創造力」
出典:青空文庫