・・・はなやかな鳥の毛を帽に挿して黄金作りの太刀の柄に左の手を懸け、銀の留め金にて飾れる靴の爪先を、軽げに石段の上に移すのはローリーか。余は暗きアーチの下を覗いて、向う側には石段を洗う波の光の見えはせぬかと首を延ばした。水はない。逆賊門とテームス・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・地にかむづまります独楽たのしみは戎夷よろこぶ世の中に皇国忘れぬ人を見るときたのしみは鈴屋大人の後に生れその御諭をうくる思ふ時赤心報国国汚す奴あらばと太刀抜て仇にもあらぬ壁に物いふ・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・ダー、ダー、ダースコ、ダーダ、青い 仮面この こけおどし、太刀を 浴びては いっぷかぷ、夜風の 底の 蜘蛛おどり、胃袋「達二。居るが。達二。」達二のお母さんが家の中で呼びました。「あん、居る。」達二は走って行きま・・・ 宮沢賢治 「種山ヶ原」
・・・伊達政宗がわざと大酔して空寝入りをし、自分の大刀に錆の出ていることを盗見させた逸話は有名である。伊達模様という一つの流行語が作られ、今日までそれは日本の生きた言葉としてのこっている。その源泉は、やはりこの伊達の智慧であった。浪費と軽薄の表徴・・・ 宮本百合子 「木の芽だち」
・・・というものを開いたときには、太刀ふじという七つか八つの女の子に前座をつとめさせたこともあった様子である。 明治十三年に神田の区会に婦人傍聴者が現れたということが神崎清氏の婦人年鑑にあって、それから明治二十三年集会結社法で婦人の政談傍聴禁・・・ 宮本百合子 「女性の歴史の七十四年」
・・・ 夜具葛籠の前に置いてあった脇差を、手探りに取ろうとする所へ、もう二の太刀を打ち卸して来る。無意識に右の手を挙げて受ける。手首がばったり切り落された。起ち上がって、左の手でむなぐらに掴み着いた。 相手は存外卑怯な奴であった。むなぐら・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・膳部を引く頃に、大沢侍従、永井右近進、城織部の三人が、大御所のお使として出向いて来て、上の三人に具足三領、太刀三振、白銀三百枚、次の三人金僉知らに刀三腰、白銀百五十枚、上官二十六人に白銀二百枚、中官以下に鳥目五百貫を引物として贈った。 ・・・ 森鴎外 「佐橋甚五郎」
・・・六郎が父は、其夜酔臥したりしが、枕もとにて声掛けられ、忽ちはね起きて短刀抜きはなし、一たち斫られながら、第二第三の太刀を受けとめぬ。その命を断ちしは第四の太刀なりき。六郎が母もこの夜殺されぬ。はじめ家族までも傷けんという心はなかりしが、きり・・・ 森鴎外 「みちの記」
・・・三郎が武術に骨を折るありさまを朝夕見ているのみか、乱世の常とて大抵の者が武芸を収める常習になっているので忍藻も自然太刀や薙刀のことに手を出して来ると、従って挙動も幾分か雄々しくなった。手首の太いのや眼光のするどいのは全くそのためだろう。けれ・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・兜はなくて乱髪が藁で括られ、大刀疵がいくらもある臘色の業物が腰へ反り返ッている。手甲は見馴れぬ手甲だが、実は濃菊が剥がれているのだ。この体で考えればどうしてもこの男は軍事に馴れた人に違いない。 今一人は十八九の若武者と見えたけれど、鋼鉄・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫