・・・プウシュキンほどの自由奔放の詩人でさえも、その「オネエギン」を物語るにあたり、この主人公は私でない、私は別の、全くつまらぬ男だ、オネエギンは私でない。そういうことを、それはくどいほどに断ってあり、またドストエフスキイほどの、永遠の愛を追うて・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・近頃某氏のために揮毫した野菜類の画帖を見ると、それには従来の絵に見るような奔放なところは少しもなくて全部が大人しい謹厳な描き方で一貫している、そして線描の落着いたしかも敏感な鋭さと没骨描法の豊潤な情熱的な温かみとが巧みに織り成されて、ここに・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・さて、いよいよ名残十二句のスケルツォの一楽章においては奔放自在なる跳躍を可能ならしむるため、最後から一つ前の十一句目までは定座のような邪魔な目付け役は一つも置かないことにしてある。しかしこの十一句目に至ってそこで始めて次にきたるべき沈静への・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・ それは、自己完成が道徳的でないでもなしとげられるものだと云うから、奔放は廃徳な心状を以てなす芸術に於て自己を完成しても――少くともその当人はそう自信して居る場合、それは自己完成と云え様か。 例えば、或る小説家は極端な人情本を書く事・・・ 宮本百合子 「大いなるもの」
・・・子供のための文学の仕事をする作家は、小さい民衆が自由奔放に造る言葉、表現に対して、ひろい感受性をもつと同時に、それらの言葉を芸術の素材とし、取捨し、高める必要がある。 営々たる人類の進歩のための努力の結果は、将来、婦人の生活により多くの・・・ 宮本百合子 「子供のために書く母たち」
・・・作品の世界は、幻想的と云われ、或は逞しき奔放さと云われ、華麗と云うような文字でも形容され、デカダンスとも云われ、あらゆる作品の当然の運命として、賞讚と同時の疑問にもさらされた。文学の作品として、かの子さんの幻想ならぬ幻想が、その世界として客・・・ 宮本百合子 「作品の血脈」
・・・映画は若い男と女との奔放な交渉を映し出して女学生時代の娘の感受性ばかり鋭い情感を刺戟する。学校は、今の社会の風潮が浮薄であるということだけを強調して、その社会的根源を究明しようとする力は持たず、表面的にそのような世相を反撥して地味な制服を着・・・ 宮本百合子 「昨今の話題を」
・・・江波恵子という特異な少女がその少女期を脱しようとする奔放な生命の発動に絡んで、間崎という教師、橋本先生という女教師等が、地方の一ミッション・スクールと地方的な文化を背景として渦巻く姿を描いた「若い人」が、多くの読者を惹きつけた原因の第一は、・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・腰にピストルをつけ、カウボーイと馬に騎り、小学生のときからひとの台処で働かねばならなかったアグネスの強壮な体の中を奔放に流れている熱い血がある。一方に子供時代の境遇からアグネスは母親にさえ自分の愛情というものを言葉に出して語る習慣がない。野・・・ 宮本百合子 「中国に於ける二人のアメリカ婦人」
・・・談林派の俳諧というものは、その先達であった貞門と同じように俳諧を滑稽の文学と見ており、談林は詩型のリズムに自由を求めると共に懸詞にも日常語を奔放にとり入れ、奇想巧妙な譬喩を求めるあまり、遂には、山の手ややつこりや咲いた花盛引・・・ 宮本百合子 「芭蕉について」
出典:青空文庫