・・・妹は平一が日曜でも家に籠って読書しているのを見て、兄さんはどうしてそう出嫌いだろう、子供だってあるではなし、姉さんにも時々は外の空気を吸わせて上げるがいいなどと云った事もある。こんな事を思い出しては無意味に微笑している。 向うの子供づれ・・・ 寺田寅彦 「障子の落書」
・・・「働かんと姉さん口煩いから」おひろは微声で答えたが、始末屋で奇麗好きのお絹とちがって、面倒くさそうにさっさっとやっていた。 箪笥や鏡台なんか並んでいる店の方では、昨夜お座敷の帰りが遅かったとみえて、女が二人まだいぎたなく熟睡していて・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・「おかけなさい。姉さん。」 薄髯の二重廻が殊勝らしく席を譲った。「どうもありがとう……。」 しかし腰をかけたのは母らしい半白の婆であった。若い女は丈伸をするほど手を延ばして吊革を握締める。その袖口からどうかすると脇の下まで見・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・ 三「姉さん、この人は肥ってるだろう」「だいぶん肥えていなはります」「肥えてるって、おれは、これで豆腐屋だもの」「ホホホ」「豆腐屋じゃおかしいかい」「豆腐屋の癖に西郷隆盛のような顔をしている・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・妹の方が少し意地悪ではないかと思ッていたことまでそのままで、これが少し気に喰わないけれども、姉さん姉さんと慕ッてくれて、東京風に髪を結ッてくれろなどと言うところは、またなかなか愛くるしくも思われる。かねて平田に写真を見せてもらッて、その顔を・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・「じゃきみは主人のとこに雇われているんだね。」「ああ。」「お父さんたちは。」「ない。」「兄さんか誰かは。」「姉さんがいる。」「どこに。」「やっぱり旦那んとこに。」「そうかねえ。」「だけど姉さんは山猫博・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・海女の働いている地方では、母さんや姉さんについて、いつとはなし小さい女の子も海の働きになれてゆくのだけれど、そうでない海岸の小学校に通っている位の女の子たちは、大人の女の働くとき交って手伝うだけで、これまでは格別な新しい工夫を盛った生活的な・・・ 宮本百合子 「漁村の婦人の生活」
・・・「あぶないあぶない」「姉さん火の中へ逃げちゃあいけねえ」などと云うものがある。とうとう避難者や弥次馬共の間に挟まれて、身動もならぬようになる。頭の上へは火の子がばらばら落ちて来る。りよは涙ぐんで亀井町の手前から引き返してしまった。内へはもう・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・「まア、卵がないわ。姉さん、もう卵がなくなってしまったのね。」 活気よく灸の姉たちの声がした。茶の間では銅壺が湯気を立てて鳴っていた。灸はまた縁側に立って暗い外を眺めていた。飛脚の提灯の火が街の方から帰って来た。びしょ濡れになった犬・・・ 横光利一 「赤い着物」
出典:青空文庫