・・・防波工事の目的が、波浪の害を防いで嫁が島の風趣を保存せしめるためであるとすれば、かくのごとき無細工な石がきの築造は、その風趣を害する点において、まさしく当初の目的に矛盾するものである。「一幅淞波誰剪取 春潮痕似嫁時衣」とうたった詩人石せきた・・・ 芥川竜之介 「松江印象記」
・・・ おしかは、人間は学問をすると健康を害するというような固陋な考えを持っていた。清三が小学を卒業した時、身体が第一だから中学へなどやらずに、百姓をさして一家を立てさせようと主張した。しかし為吉は、これからさき、五六反の田畑を持った百姓では・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・もっとも多くの場合にこのような独創力と耐久力を併有しているような種類の人間は、同時にその性状が奇矯で頑強である場合が多いから、学者と言っても同じく人間であるところの同学や先輩の感情を害することが多いという事実も争われないのである。そういう風・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・しかし豆畑へはいるのがいやでわざわざ殺されたというのが本当だとすると、それは胃に悪いとか安眠を害するとかいうだけではなくて、何かしら信仰ないし迷信的色彩のある禁戒であったであろう。 このピタゴラスの話がまるで嘘であるとしても、昔のギリシ・・・ 寺田寅彦 「ピタゴラスと豆」
・・・隣家の貧富は我家の利害に関係なしと雖も、夫の婬乱不品行は直接に妻の権利を害するものにして、固より同日の論に非ず。抑も一夫一婦家に居て偕老同穴は結婚の契約なるに、其夫婦の一方が契約を無視し敢て婬乱不品行を恣にし他の一方を疏外するが如きは、即ち・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・他の平安幸福をば害すれども、おのずから害するを好まざるの証なり。また、いかなる盗賊にても博徒にても、外に対しては乱暴無状なりといえども、その内部に入りて仲間の有様を見れば、朋輩の間、自から約束あり、規則あり。すなわちその約束規則は自家の安全・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
・・・ 我が輩、この忠告の言を案ずるに、ある人の所見において、つまり政治経済学の有用なるは明らかなれども、これを学びて世を害すると否とは、その人に存す。弱冠の書生は、多くは無勘弁にして、その人に非ずということならん。この言、まことに是なり。・・・ 福沢諭吉 「経世の学、また講究すべし」
・・・ては双方共に常に釈然たるを得ず、之を彼の骨肉の親子が無遠慮に思う所を述べて、双方の間に行違もあり誤解もありて、親に叱られ子に咎められながら、果ては唯一場の笑に附して根もなく葉もなく、依然たる親子の情を害することなきものに比すれば、迚も同年の・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・家の内には情を重んじて家族相互いに優しきを貴ぶのみにして、時として過誤失策もあり、または礼を欠くことあるもこれを咎めずといえども、戸外にあっては過誤も容易に許されず、まして無礼の如きは、他の栄誉を害するの不徳として、世間の譏りを免るべからず・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・こんなことになっちゃ、まるで向うの感情を害するばかりだ。きさまの店を訴えるぞ。」と云いながら、ずんずん赤くはれて行く頬を鏡で見ていました。 親方も、むかっ腹を立てて云いました。「なあに毒蛾なんか、市中到る処に居るんだ。町をあるいてさ・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
出典:青空文庫