・・・人は孤独で居れば居るほど、夜毎に宴会の夢を見るようになり、日毎に群集の中を歩きたくなる。それ故に孤独者は常に最も饒舌の者である。そして尚ボードレエルの言うように、僕もまたそのように、都会の雑沓の中をうろついたり、反響もない読者を相手にして、・・・ 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
・・・朝野の貴顕紳士と称する俗輩が、何々の集会宴会と唱えて相会するは、果して実際の議事、真実の交際の為めに必要なるや否や。十中の八、九は事を議するが為めに会するに非ず、議事の名を利用して集るものなり。交際の為めに飲むに非ずして飲む為めに交わるもの・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・今日が降誕祭だと云うことも、宴会を断ったことも、彼自身が病気だと云うことさえも苦にならなくなって来た。彼は境の扉が二三分すかしてあるのを見つけ、さっきからことりともさせない隣室の妻に声をかけた。「さほ子、さほ子」 然し、彼の妻を・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・コティをうしろだてにしていた彼女がムーランの舞台や楽屋でふれた人々は、彼女の黒い皮膚を美しいとほめこそすれ、その肌の色のために彼女に出入り出来なくさせた宴会場はなかったろう。 アメリカへ戻れば、アメリカには黒人が一つの社会問題として存在・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
・・・ウォール街の実業家たちと宴会の席上で終始一貫反ユダヤ熱をあげて、プロテスタント機関紙『チャーチマン』に警告されている。また、アメリカ聖教会機関紙『ウイットネス』は、MRAの労資協調論を批評して「美くしい宗教言辞のかげでMRAはなぜ世界最大の・・・ 宮本百合子 「再武装するのはなにか」
・・・ 製造所の創立第二十五年記念の宴会が紅葉館で開かれた。何某の講談は塩原多助一代記の一節で、その跡に時代な好みの紅葉狩と世話に賑やかな日本一と、ここの女中達の踊が二組あった。それから饗応があった。 三間打ち抜いて、ぎっしり客を詰め込ん・・・ 森鴎外 「里芋の芽と不動の目」
・・・そして沈黙の塔の上で、鴉が宴会をしているのである。 * * * 新聞に殺された人達の略伝が出ていて、誰は何を読んだ、誰は何を翻訳したと、一々「危険なる洋書」の名を挙げてある。・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
・・・「小石川区小日向台町何丁目何番地に新築落成して横浜市より引き移りし株式業深淵某氏宅にては、二月十七日の晩に新宅祝として、友人を招き、宴会を催し、深更に及びし為め、一二名宿泊することとなりたるに、其一名にて主人の親友なる、芝区南佐久間町何・・・ 森鴎外 「鼠坂」
・・・ちょうど宅はベルリンに二週間ほど滞留しなくてはならない用事がありましたので、わたくしはひとりでその宴会へ参りました。夜なかが過ぎて一時になりましたころ、わたくしは雑談をいたしているのが厭になって来ましたので、わたくしどもを呼んで下すった奥さ・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
・・・身動をなさる度ごとに、辺りを輝らすような宝石がおむねの辺やおぐしの中で、ピカピカしているのは、なんでもどこかの宴会へお出になる処であったのでしょう。奥さまの涙が僕の顔へ当って、奥様の頬は僕の頬に圧ついている中に僕は熱の勢か妙な感じがムラムラ・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
出典:青空文庫