・・・支那家屋の土塀のかげへ豚を置いた。「おい、浜田、どうしたんだい?」 何かあったと気づいた大西は、宿舎に這入ると、見張台からおりている浜田にたずねた。「敏捷な支那人だ! いつのまにか宿舎へ××を×いて行ってるんだ。」「どんな×・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・ 東京の明るい家屋を見慣れた高瀬の眼には、屋根の下も暗い。先生のような清潔好きな人が、よくこのむさくるしい炉辺に坐って平気で煙草が喫めると思われる程だ。 高瀬の来たことを聞いて、逢いに来た町の青年もあった。どうしてこんな田舎へ来てく・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・しまいには、その家屋敷も人手に渡り、子息は勘当も同様になって、みじめな死を死んで行った。私はあのお爺さんが姉娘に迎えた養子の家のほうに移って、紙問屋の二階に暮らした時代を知っている。あのお爺さんが、子息の人手に渡した建物を二階の窓の外になが・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・ この大きな被害も、つまり大部分が火災から来たわけで、ただ地震だけですんだのならば、東京での死人もわずか二、三千人ぐらい、家屋その他の損害も八、九十分の一ぐらいにとどまったろうということです。 地震の、東京での発震は、九月一日の午前・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・また、弘化二年、三十四歳の晩春、毛筆の帽被を割りたる破片を机上に精密に配列し以て家屋の設計図を製し、之によりて自分の住宅を造らせた。けれども、この家屋設計だけには、わずかに盲人らしき手落があった。ひどい暑がりにて、その住居も、風通しのよき事・・・ 太宰治 「盲人独笑」
・・・かれら一人一人の家屋。ちち、はは。妻と子供ら。私は一人一人の表情と骨格とをしらべて、二時間くらいの時を忘却する。いつわりなき申告 黙然たる被告は、突如立ちあがって言った。「私は、よく、ものごとを識っています。もっと識ろう・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・後備旅団の一箇聯隊が着いたので、レールの上、家屋の蔭、糧餉のそばなどに軍帽と銃剣とがみちみちていた。レールを挾んで敵の鉄道援護の営舎が五棟ほど立っているが、国旗の翻った兵站本部は、雑沓を重ねて、兵士が黒山のように集まって、長い剣を下げた士官・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・の森の角、こなたの丘の上にでき上がって、某少将の邸宅、某会社重役の邸宅などの大きな構えが、武蔵野のなごりの櫟の大並木の間からちらちらと画のように見えるころであったが、その櫟の並木のかなたに、貸家建ての家屋が五、六軒並んであるというから、なん・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・ 人工映画 実在の人間や動物や家屋や景色や、あるいは実在なものの代用をするセットの類をショットの標的とする普通の映画のほかに、全くこれら実在のものを使わずそのかわりに黒い紙を切り抜いたシルエットの人形と背景を使った「・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・まっ白な土と家屋に照りつける熱帯の太陽の絶望的なすさまじさがこの場合にふさわしい雰囲気をかもしているようである。 十七 男の世界 生粋のアメリカ映画である。今までに見たいろいろの同種の映画のいろいろの部分が寄せ集めら・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
出典:青空文庫