・・・ それから、自分の寝室へは、だれも近づいて来られないように、ぐるりへ大きな溝を掘りめぐらし、それへ吊橋をかけて、それを自分の手で上げたり下したりしてその部屋へ出這入りしました。 或とき彼は、自分の顔を剃る理髪人が、「おれはあの暴・・・ 鈴木三重吉 「デイモンとピシアス」
・・・スバーが、父の足許に泣き倒れて、顔を見上げ見上げ激しく啜泣き出した時、父親は、丁度昼寝から醒めたばかりで、寝室で煙草をのんでいる処でした。 バニカンタは、どうにかして、可哀そうな娘を慰めようとしました。そして、自分の頬も涙で濡てしまいま・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・マクベスであったか、ほかの芝居であったか、しらべてみれば、すぐ判るが、いまは、もの憂く、とにかくシェクスピア劇のひとつであることは間違いない、とだけ言って置いて、その芝居の人殺しのシイン、寝室でひそかにしめ殺して、ヒロオも、われも、瞬時、ほ・・・ 太宰治 「音に就いて」
・・・ナポレオンに似たひとだな、と思っていたら、やがてその女のひとの寝室に案内され枕もとを見ると、ナポレオンの写真がちゃんと飾られていた。誰しもそう思うのだなと、やっとうれしく、あたたかくなって来た。 その夜、ナポレオンは、私の知らない遊びか・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・ 障子を閉めもせず、そのまま廊下をふらふら歩いていって、自分の寝室へはいった。ひどく酔っていた。上衣を脱いだだけで、ベッドに音高くからだをたたきつけ、それなり、眠ってしまった。 水を飲みたく、目があいた。夜が明けている。枕もとに小さ・・・ 太宰治 「古典風」
・・・かかは、どこにいるんだ。寝室か? 寝る部屋か? 俺は天下の百姓だ。平田一族を知らないかあ」次第に酔って、くだらなく騒ぎ、よろよろと立ち上る。 私は笑いながら、それをなだめて坐らせ、「よし、そんなら連れて来る。つまらねえ女だよ。いいか・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・隣の寝室へかつぎ込んだが、寝台の上へ横になることができなくて肱掛椅子にもたれたままだったそうです。椅子の横の台の上には薬びんと急須と茶わんとが当時のままに置いてあります。書斎の机でも寝室でも意外に質素なもので驚きました。二階の室々にはいろい・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・ 夜久しぶりで動かない陸上の寝室で寝ようとすると、窓の外の例の中庭の底のほうから男女のののしり合う声が聞こえて来て、それが妙に気になって寝つかれなかった。ことに女の甲高なヒステリックな声が中庭の四方の壁に響けて鳴っていた。夫婦げんかでも・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・寝相の悪い隣の男に踏みつけられて目をさますと、時計は四時過ぎたばかりだのに、夜はしらしらと半分上げた寝室のガラス窓に明けかかって、さめ切らぬ目にはつり並べた蚊帳の新しいのや古い萌黄色が夢のようである。窓の下框には扁柏の高いこずえが見・・・ 寺田寅彦 「花物語」
・・・これも祝いのあるうちは泊まっているので、池の向こうの中二階はこの芸者の化粧部屋にも休憩所にもまた寝室にもなっていた。 夕方近くから夜中過ぎるまで、家じゅうただ目のまわるほど忙しく騒がしい。台所では皿鉢のふれ合う音、庖丁の音、料理人や下女・・・ 寺田寅彦 「竜舌蘭」
出典:青空文庫