・・・ 保吉の予想の誤らなかった証拠はこの対話のここに載ったことである。 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・ そんな対話を聞きながら、巻煙草を啣えた洋一は、ぼんやり柱暦を眺めていた。中学を卒業して以来、彼には何日と云う記憶はあっても、何曜日かは終始忘れている。――それがふと彼の心に、寂しい気もちを与えたのだった。その上もう一月すると、ほとんど・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・ 僕はこう云う対話の中にだんだん息苦しさを感じ出した。「ジァン・クリストフは読んだかい?」「ああ、少し読んだけれども、……」「読みつづける気にはならなかったの?」「どうもあれは旺盛すぎてね。」 僕はもう一度一生懸命に・・・ 芥川竜之介 「彼」
・・・――僕はいつかこの対話の意味を正確に掴もうとあせっていた。「オオル・ライト」? 「オオル・ライト」? 何が一体オオル・ライトなのであろう? 僕の部屋は勿論ひっそりしていた。が、戸をあけてはいることは妙に僕には無気味だった。僕はちょっとた・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・予の屡繰返す如く、欧人の晩食の風習や日本の茶の湯は美食が唯一の目的ではないは誰れも承知して居よう、人間動作の趣味や案内の装飾器物の配列や、応対話談の興味や、薫香の趣味声音の趣味相俟って、品格ある娯楽の間自然的に偉大な感化を得るのであろう・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・そういえば、たしか小学校の五年生の時にも対話風の綴方を書いていた。彼女だとか少女だとかいう言葉が飛び出したが、それを先生は「かのおんな」「かのおとめ」と訂正して読まれた。 戯曲ではチェーホフ、ルナアル、ボルトリッシュ、ヴィルドラック、岸・・・ 織田作之助 「わが文学修業」
・・・それはこの作が芝居で困難なのは動きの少ない対話のシーンが多いからだが、映画なら大うつしがきくし、トーキーならその単調さが救われるからだ。寺の本堂、廊下、仏像なども立体的に、いろいろな角度や、光りでとれるからだ。それは『アジアの嵐』などでもわ・・・ 倉田百三 「『出家とその弟子』の追憶」
・・・後対話の間に、他の雑誌と取り替うることあり。甲。アメリイさん。今晩は。クリスマスの晩だのに、そんな風に一人で坐っているところを見ると、まるで男の独者のようね。ほんとにお前さんのそうしているところを見ると、わたし胸が痛・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・その対話がすんで了うと、みんなは愈々手持ぶさたになった。テツさんは、窓縁につつましく並べて置いた丸い十本の指を矢鱈にかがめたり伸ばしたりしながら、ひとつ処をじっと見つめているのであった。私はそのような光景を見て居れなかったので、テツさんのと・・・ 太宰治 「列車」
・・・ 二人の対話が明らかに病兵の耳に入る。 「十八聯隊の兵だナ」 「そうですか」 「いつからここに来てるんだ?」 「少しも知らんかったんです。いつから来たんですか。私は十時ころぐっすり寝込んだんですが、ふと目を覚ますと、唸り・・・ 田山花袋 「一兵卒」
出典:青空文庫