・・・若く美しい妻を専有するということは、しかし彼が想像したほど、唯楽しいばかりのものでも無かった。結婚して六十日経つか経たないに、最早彼は疲れて了った。駄目、駄目、もうすこし男性の心情が理解されそうなものだとか、もうすこし他の目に付かないような・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・の著作権は博文館が主張するが如く、其の専有に帰しているものではない。同書の原稿は明治四十年の冬、僕が仏蘭西にいた時里昂の下宿から木曜会に宛てて郵送したもので翌年八月僕のまだ帰朝せざるに先立って、既に刊行せられていた。当時木曜会の文士は多く博・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・しかし博士でなければ学者でないように、世間を思わせるほど博士に価値を賦与したならば、学問は少数の博士の専有物となって、僅かな学者的貴族が、学権を掌握し尽すに至ると共に、選に洩れたる他は全く一般から閑却されるの結果として、厭うべき弊害の続出せ・・・ 夏目漱石 「博士問題の成行」
・・・そうしてこの二つの言葉は文芸界専有の術語でその他の方面には全く融通の利かないものであるかのごとく取扱われております。ところが私はこれからこの二つの言葉の意味性質を極めて簡略に述べて、そうしてそれを前申上げた昔と今の道徳に結びつけて両方を綜合・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・左れば人生の苦楽相半し、其歓楽の一方は男子の専有にして、女子には生涯苦労の一方のみを負担せしめんとするか、無理無法も亦甚だしと言う可し。左なきだに凡俗社会の実際を見れば、婦人は内を治め男子は外を勉むると言う。其内外の趣意を濫用して、男子の戸・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・一 既に優美を貴ぶと言えば、遊芸は自から女子社会の専有にして、音楽は勿論、茶の湯、挿花、歌、誹諧、書画等の稽古は、家計の許す限り等閑にす可らず。但し今の世間に女学と言えば、専ら古き和文を学び三十一文字の歌を詠じて能事終るとする者なきに非・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・けだし天は俳諧の名誉を芭蕉の専有に帰せしめずしてさらに他の偉人を待ちしにやあらん。去来、丈草もその人にあらざりき。其角、嵐雪もその人にあらざりき。五色墨の徒もとよりこれを知らず。新虚栗の時何者をか攫まんとして得るところあらず。芭蕉死後百年に・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・必要だから皆が使う権利をもっている、そしてそれを自分だけで専有することは間違っていると云う心持が養成されている。クラブにしろ、種々な研究会に於てにしろ、凡てその主義で行われているから、自分で買込んだり貯め込んだりする興味が減って来る。益々社・・・ 宮本百合子 「露西亜の実生活」
・・・そう云う少女達は、お菓子を御土産にいただいても、決して自分の専有にするなどということはありません。皆なに等分に分けて上げます。それも誰も、そうせよと教えるのではないのですが、自分独りが楽しむものではないと思っているからです。 その例は家・・・ 宮本百合子 「わたくしの大好きなアメリカの少女」
出典:青空文庫