・・・ 婦人はあわただしく蹶ね起きて、急に居住まいを繕いながら、「はい」と答うる歯の音も合わず、そのまま土に頭を埋めぬ。 巡査は重々しき語気をもて、「はいではない、こんな処に寝ていちゃあいかん、疾く行け、なんという醜態だ」 と・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・私が入ると娘は急に起とうとしてまた居住いを直して顔を横に向けました。私は変ですから坐ることもできません、すると武が出し抜けに、『見てもらいたいと言うたのはこれでございます』というや女は突っ伏してしまいました。私はなんと言ってよいか、文句・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・ 四月も末近く、紫木蓮の花弁の居住いが何となくだらしがなくなると同時にはじめ目立たなかった青葉の方が次第に威勢がよくなって来るとその隣の赤椿の朝々の落花の数が多くなり、蘇枋の花房の枝の先に若葉がちょぼちょぼと散点して見え出す。すると霧島・・・ 寺田寅彦 「五月の唯物観」
・・・ 困ったような、はにかんだような笑いかたをして多喜子はちょっと居住まいをなおした。関係から云っても、同級であった桃子の兄嫁のところへ、ただ洋裁の仕事先として多喜子は来ているのであった。 仮縫いの方を着て尚子が立っている背中の皺にピン・・・ 宮本百合子 「二人いるとき」
出典:青空文庫