・・・ 当時所謂言文一致体の文章と云うものは専ら山田美妙君の努力によって支えられて居たような勢で有りましたが、其の文章の組織や色彩が余り異様であったために、そして又言語の実際には却て遠かって居たような傾もあったために、理知の判断からは言文一致・・・ 幸田露伴 「言語体の文章と浮雲」
・・・「君は山田君が訳したトルストイの『コサックス』を読んだことがあるか。コウカサスの方へ入って行く露西亜の青年が写してあるネ。結局、百姓は百姓、自分等は自分等というような主人公の嘆息であの本は終ってるが、吾儕にも矢張ああいう気分のすることが・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・昨年の春であったか、私は山田勇吉君の訪問を受けた。 山田勇吉君という人は、そのころ丸の内の或る保険会社に勤めていたようである。やはり私たちと大学が同期であって、誰よりも気が弱く、私たちはいつもこの人の煙草ばかりを吸っていた。そうしてこの・・・ 太宰治 「佳日」
・・・おれは山田わかを好きです。きっと腕力家と存じます。私の親爺やおふくろは、時折、私を怒らせて、ぴしゃっと頬をなぐられます。けれども、親爺、おふくろ、どちらも弱いので、私に復讐など思いもよらぬことです。父は、現役の陸軍中佐でございますが、ちっと・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・うしろむきのペリカンを紙面の隅に大きく写しながら、「馬場がむかし、滝廉太郎という匿名で荒城の月という曲を作って、その一切の権利を山田耕筰に三千円で売りつけた」「それが、あの、有名な荒城の月ですか?」私の胸は躍った。「嘘ですよ」一陣の・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・というような純文芸雑誌が現われて、露伴紅葉等多数の新しい作家があたかもプレヤデスの諸星のごとく輝き、山田美妙のごとき彗星が現われて消え、一葉女史をはじめて多数の閨秀作者が秋の野の草花のように咲きそろっていた。外国文学では流行していたアーヴィ・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・して清く静かなる里のさまいとなつかしく、願わくば一度は此処にしばらくの仮りの庵を結んで篁の虫の声小田の蛙の音にうき世の塵に汚れたる腸すゝがんなど思ううち汽車はいつしか上り坂にかゝりて両側の山迫り来る。山田の畔にしれいのごとき草花面白きは何と・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・狭い谷間に沿うて段々に並んだ山田の縁を縫う小道には、とんぼの羽根がぎらぎらして、時々蛇が行く手からはい出す。谷をおおう黒ずんだ青空にはおりおり白雲が通り過ぎるが、それはただあちこちの峰に藍色の影を引いて通るばかりである。咽喉がか・・・ 寺田寅彦 「花物語」
・・・ その時入口の戸の開く音がして、道太が一両日前まで避けていた山田の姉らしい声がした。 道太は来たのなら来たでいいと思って観念していたが、昨日思いがけなく兄のところで見た様子によると、子供のころから姿振に無頓著すぎる質であったとはいえ・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・それから予備門へはいった。山田美妙斎とは同級だったが、格別心やすうもしなかった。正岡とはその時分から友人になった。いっしょに俳句もやった。正岡は僕よりももっと変人で、いつも気に入らぬやつとは一語も話さない。孤峭なおもしろい男だった。どうした・・・ 夏目漱石 「僕の昔」
出典:青空文庫