・・・興酣なる汐時、まのよろしからざる処へ、田舎の媽々の肩手拭で、引端折りの蕎麦きり色、草刈籠のきりだめから、へぎ盆に取って、上客からずらりと席順に配って歩行いて、「くいなせえましょう。」と野良声を出したのを、何だとまあ思います?・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・いよいよ茶会の当日には、まず会主のお宅の玄関に於いて客たちが勢揃いして席順などを定めるのであるが、つねに静粛を旨とし、大声で雑談をはじめたり、または傍若無人の馬鹿笑いなどするのは、もっての他の事なのである。それから主人の迎附けがあって、その・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・一、官の学校にては、おのずから衣冠の階級あるがゆえに、正しく学業の深浅にしたがって生徒席順の甲乙を定め難き場合あり。この弊を除くの一事は、議論上には容易なれども、事実に行われざるものなり。その失、三なり。一、官の学校にある者は、みず・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・現に今日にても士族の仲間が私に集会すれば、その会の席順は旧の禄高または身分に従うというも、他に席順を定むべき目安なければ止むを得ざることなれども、残夢の未だ醒覚せざる証拠なり。或は市中公会等の席にて旧套の門閥流を通用せしめざるは無論なれども・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・村の生活では若い者と年輩の者との順位というものはきびしく、村民の寄合いの席順から発言の権利まで同等ではない。都会の工場労働者は、大人になった熟練工よりも、青年工を使った方が賃銀が安いということから、いつも青年労働者を多く使う。または女を使う・・・ 宮本百合子 「青年の生きる道」
・・・それは阿部権兵衛が殉死者遺族の一人として、席順によって妙解院殿の位牌の前に進んだとき、焼香をして退きしなに、脇差の小柄を抜き取って髻を押し切って、位牌の前に供えたことである。この場に詰めていた侍どもも、不意の出来事に驚きあきれて、茫然として・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫