・・・はその際兇器にて傷けられたるものにあらず、全く日清戦争中戦場にて負いたる創口が、再、破れたるものにして、実見者の談によれば、格闘中同人が卓子と共に顛倒するや否や、首は俄然喉の皮一枚を残して、鮮血と共に床上に転び落ちたりと云う。但、当局はその・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・三人の男共を指揮して、数時間豪雨の音も忘れるまで活動した結果、牛舎には床上更に五寸の仮床を造り得た。かくて二十頭の牛は水上五寸の架床上に争うて安臥するのであった。燃材の始末、飼料品の片づけ、為すべき仕事は無際限にあった。 人間に対する用・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・自分の前に向き合って腰かけた男が、床上にだれかが持って来て置いた白い茶わんのようなものを踏むとそれがぱちりと砕けた。すると自分も同じように自分の足もとにある白い瀬戸物を踏み砕いた。いったいどういうわけでそんな事をするのか自分でもわからないで・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・また床上に流した石油に点火するときその炎の前面が花形に進行する現象からもまた、放射形柱状渦の存在を推定したことがあった。それの類推的想像と、もう一つは完全流体の速度の場と静電気的な力の場との類似から、例の不謹慎な空想をたくましくして、もしも・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
・・・そこで肉の包みを鳥から一ヤード以内の床上に置いてみたが、それでもまだ鳥は気がつかなかった。とうとうその包みを一羽の足もとまで押しやったら、始めて包み紙をつつきはじめ、紙が破れてからやっと包みの内容を認識したというのである。また他の学者はある・・・ 寺田寅彦 「とんびと油揚」
・・・例えば今一本のペンを床上に落とせば地球の運動ひいては全太陽系全宇宙に影響するはずである。一本のマッチをすればその光は全宇宙に瀰漫してその光圧は天体の運動に幾分の変化を生じなければならぬはずである。少なくも吾人の科学に信拠すればそうなるはずで・・・ 寺田寅彦 「方則について」
・・・不治を覚悟しての床上で詠んだ、複雑な、又徹底した、その人のその境地を外にしては詠めないと思われる歌が実に多い。 更にいたましいのは、全生病院の患者の歌である。中には、事と心と相伴って、沈痛な、深刻な、全く他には見られない歌がある。 ・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
出典:青空文庫