・・・その中に、庭木を鳴らしながら、蒸暑い雨が降り出した。自分は書きかけの小説を前に、何本も敷島へ火を移した。 Sさんは午前に一度、日の暮に一度診察に見えた。日の暮には多加志の洗腸をした。多加志は洗腸されながら、まじまじ電燈の火を眺めていた。・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・ 三 庭木 新しい僕の家の庭には冬青、榧、木斛、かくれみの、臘梅、八つ手、五葉の松などが植わっていた。僕はそれらの木の中でも特に一本の臘梅を愛した。が、五葉の松だけは何か無気味でならなかった。 四 「・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・樫、梅、橙などの庭木の門の上に黒い影を落としていて、門の内には棕櫚の二、三本、その扇めいた太い葉が風にあおられながらぴかぴかと輝っている。 豊吉はうなずいて門札を見ると、板の色も文字の墨も同じように古びて「片山四郎」と書いてある。これは・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・月は冴えに冴え、まるで秋かとも思われるよう。庭木の影がはっきりと地に印している。足を爪立てるようにして中二階の前の生垣のそばまで来て、垣根越しに上を見あげた。二階はしんとしている。この時母屋でドッと笑い声がした。お梅はいまいましそうに舌うち・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・ ことしのお正月は、日本全国どこでもそのようでしたが、この地方も何十年振りかの大雪で、往来の電線に手がとどきそうになるほど雪が積り、庭木はへし折られ、塀は押し倒され、またぺしゃんこに潰された家などもあり、ほとんど大洪水みたいな被害で、連・・・ 太宰治 「嘘」
・・・「あれは、庭木が好きだから。」小坂氏は苦笑して、「どうぞ、ビイルを、しっかり。」 私はただ、ビイルをしっかり飲むばかりである。なんという迂濶な男だ。戦死と出征であったのに。 その日、小坂氏と相談して結婚の日取をきめた。暦を調・・・ 太宰治 「佳日」
・・・いらいらしながら家の庭木の手入れなどをして、やっと昼頃になってから僕はまたでかけたのだ。まだしまっていたのである。こんどは僕も庭のほうへまわってみた。庭の五株の霧島躑躅の花はそれぞれ蜂の巣のように咲きこごっていた。紅梅は花が散ってしまってい・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・それにまた、庭木の雪がこいが、たいへんだ。」「やっかいなものですね。」と居候の弟は、おっかなびっくり合槌を打つ。 兄は真面目に、「昔は出来たのだが、いまは人手も無いし、何せ爆弾騒ぎで、庭師どころじゃなかった。この庭もこれで、出鱈・・・ 太宰治 「庭」
・・・松やもっこくやの庭木を愛するのがファシストならば、蔦や藤やまた朝貌、烏瓜のような蔓草を愛するのがリベラリストかもしれない。しかし草木を愛する限りの人でマルキシストになれる人があろうとは想われない。 八 防空演・・・ 寺田寅彦 「KからQまで」
・・・そして生気に乏しいいわゆる「庭木」と称する種類のものより、むしろ自然な山野の雑木林を選みたい。 しかしそのような過剰の許されない境遇としては、樹木のほうは割愛しても、芝生だけは作らないではいられなかった。そうして木立ちの代わりに安価な八・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
出典:青空文庫