・・・蓄音機今音羽屋の弁天小僧にして向いの壮士腕をまくって耶蘇教を攻撃するあり。曲書きのおじさん大黒天の耳を書く所。砂書きの御婆さん「へー有難う、もうソチラの方は御済になりましたかなー、もうありませんかなー。」へー有難うこれから当世白狐伝を御覧に・・・ 寺田寅彦 「半日ある記」
・・・ 牛込区内では○市ヶ谷冨久町饅頭谷より市ヶ谷八幡鳥居前を流れて外濠に入る溝川○弁天町の細流○早稲田鶴巻町山吹町辺を流れて江戸川に入る細流。 四谷新宿辺では○御苑外の上水堀○千駄ヶ谷水車ありし細流。 小石川区内では○植物園門前の小・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・ 冬木町の弁天社は新道路の傍に辛くもその祉を留めている。しかし知十翁が、「名月や銭金いはぬ世が恋ひし。」の句碑あることを知っているものが今は幾人あるであろう。(因にいう。冬木町の名も一時廃せられようとしたが、居住者のこれを惜しんだ事と、・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・築山の上り口の鳥居の上にも、山の上の小さな弁天の社の屋根にも、霜が白く見える。風はそよとも吹かぬが、しみるような寒気が足の爪先から全身を凍らするようで、覚えず胴戦いが出るほどだ。 中庭を隔てた対向の三ツ目の室には、まだ次の間で酒を飲んで・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・峰から峰へとぶのに、弁天様の着物のように沢山の襞や色どりが翻るようなのだ。今に、その点が洗練されたら、持ち前のよいものが純粋に立派に輝き出すと信じます。〔一九二五年十月〕 宮本百合子 「読者の感想」
・・・ 江の島の弁天様が、おいであそばさなかったら、ここへ、よし来は来ても、御飯をたべる処もない事を思えば、まんざらそう、けなしもならないわけである。 潮加減か、波のすぐ下に、背の青い小魚がむれて、のんきそうに、ゆーらり、ゆーらりとゆれて・・・ 宮本百合子 「冬の海」
・・・ 二階に居る時 ヘリのないぞんざいな畳には、首人形がいっぱいささって夢□(の紙治、切られ与三、弁天小僧のあの細い線の中にふるいつきたい様ななつかしい気分をもって居る絵葉書は大切そうに並んで居る。京の舞子の紅の振、玉虫・・・ 宮本百合子 「芽生」
出典:青空文庫