・・・ この悪風の弊害は、決して一家の内に止まるものにあらず。その波及する所、最も広くしてかつ大なり。ここにその一を述べん。かの政談家の常に患える所は、結局民権退縮・専制流行の一箇条にあり。いかにも人間社会の一大悪事にして、これを救わんとする・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・強いて実行せんとすれば、其便利は以て弊害を償うに足らざることある可し。我輩の窃に恐るゝ所なり。蓋し男女交際法の尚お未熟なる時代には、両性の間、単に肉交あるを知て情交あるを知らず、例えば今の浮世男子が芸妓などを弄ぶが如き、自から男女の交際とは・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・然らばすなわち、この活溌なるものと緩慢なるものと相混一せんとするときは、おのずからその弊害を見るべきもまた、まぬかるべからざるの数なり。たとえば薬品にて「モルヒネ」は劇剤にして、肝油・鉄剤は尋常の強壮滋潤薬なり。劇痛の患者を救わんとするには・・・ 福沢諭吉 「政事と教育と分離すべし」
・・・しかして古雅幽玄なる消極的美の弊害は一種の厭味を生じ、今日の俗宗匠の俳句の俗にして嘔吐を催さしむるに至るを見るに、かの艶麗ならんとして卑俗に陥りたるものに比して毫も優るところあらざるなり。 積極的美と消極的美とを比較して優劣を判せんこと・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・其処で悪口は悪口としてさらけ出して見たのは善いが、そうなるとまた弊害の出来る事もないではない。其処で匿名などでなく自分一個の意見を爰に現わして見ようならば先ず次の通りである。碧梧桐の句はいつもいくらかずつ変化しておる。これは碧梧桐の・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・むしろ意外な苦情を受けた専門家たちは「労銀が多すぎる為に起る弊害について大いに考えさせられた。副業が本業になることを恐れるためである」その問題は、それらの純朴な村の娘たちが一心に精密加工をする作業場を村営とするか、個人に対して多すぎる分は村・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・というものの性質が反科学的であることにふれ、「幸にして、純粋の科学の世界には、このような資本主義の弊害はさほど及ぼして来ていない」云々と、科学者が発明家に比べて資本主義的害悪から超然としていられることを語っておられる。けれども、社会悪は金銭・・・ 宮本百合子 「作家のみた科学者の文学的活動」
・・・或る時舞踏の話が出て、傍の一人が僕に舞踏の社交上必要なわけを説明して、是非稽古をしろと云うと、今一人が舞踏を未開時代の遺俗だとしての観察から、可笑しいアネクドオト交りに舞踏の弊害を列べ立てて攻撃をした。その時爺いさんは黙って聞いてしまって、・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・それぞれの時代はその弊害や弱点を持つとともにまたその時代固有の偉大さを持っている。江戸時代の文化の偉大な側面に対して色盲となりつつ、ただその矮小を嘆くということは、この文化に対する正しい態度とは言えない。お城はただその一例であるが、他になお・・・ 和辻哲郎 「城」
・・・先生は博士制度が世間的にもまた学界のためにも非常に多くの弊害を伴なう事実に対して怒りを感じた。その内にひそむ虚偽、不公平、私情などに対して正義の情熱の燃え上がるのを禁じ得なかった。これは先生として当然な事である。「博士」は多くの場合に対世間・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫